
静かなピアノのイントロ、お客さんたちは静かにこちらを見ている。「実力を見てやろうじゃないか」と思われているような気がして、勝手に緊張が増してくる。Aメロ、Bメロと進んでも、なかなか声が出てこないのは一気に飲んだビールのせいか。
ところが、サビで急に声の厚みが増した。カウンター内を見ると、石堂さんが備え付けのマイクでハモってくれている! 手元は忙しそうに動かしながらも、しっかりと私と一緒に歌ってくれている。歌いやすさに加えて、その心地良いこと。カラオケでも電子音でハモリが入るが、それとは比べ物にならないくらい気持ちが乗ってきて本気で歌える。
そして落ち着いて周りを見渡すと、お客さんたちはみんな温かい目でこちらを見ていたり、一緒に口ずさんでくれているではないか。みんな本気で歌うことが好きだからこそ、歌った瞬間にぐっと距離が近くなったような感覚だった。なんとか最後まで歌い上げると、笑顔と拍手。「上手じゃん」「私もこの曲好きなんだよね」と、そこから会話がはずんだ。
「歌う人も、ハモっている私も、そして聴いている人も、みんなが気持ちがいい。それがハモリバーなんですよ」
店主の石堂さんが、ハモリの合間を縫って教えてくれた。確かにハモリがあることで、聴いている方もカラオケというよりライブを聴いているようで楽しい。お客さんの声量、声質などによってマイクの調整などをしているので、ハモリがお客さんを消すことはないそうだ。バーを切り盛りしながら、ハモリの調整までするのは忙しそうだ。なぜ、そこまでしてハモるのだろうか。
「大人たちが本気で歌える『大人の遊び場』が作りたかったんです。本気で熱唱しても笑われたりしない。むしろ一緒に本気で歌って、歌好きが思う存分楽しめる場にしたかった」
そのとき、誰かが歌っていた曲が盛り上がりを見せた。
「それじゃハモリに戻ります」
早口でそう言うと、石堂さんはすばやくカウンターに戻っていった。頼もしいハモリのプロだ。私は、あんなに緊張していたことも忘れて、次は何をハモってもらおうかなと考え始めていた。