朝10時、大町山岳博物館にたどり着いた。元館長で、いまはライチョウ飼育の指導員をしている宮野典夫さんにお話を聞く約束をしていた。
宮野さんは「まずは3階の展望ラウンジから北アルプスの写真を撮ってください。朝が一番、北アルプスが良く見えますから」と言う。
さっそく展望ラウンジに行くと、ここにたどり着くまでに通ってきたどの町よりも、雪をかぶった山々がぐんと大きく見える。人が暮らす町のすぐ先に、こんな高い山があるなんて! 大町はまさに北アルプス立山連峰の麓なのだ。
大町山岳博物館は1951年に開館した。日本で初めての「山岳」をテーマにした博物館である。
「『開館まで』がこの博物館の特徴的なこと、なんですよね」と宮野さんは言う。
本来、自治体の博物館は行政が主導して作られる。だけどこの山岳博物館は違う。この町のシンボルである「山岳」をテーマに博物館を作り、それを町の新しい力にしよう、と考えた町の青年たちによって建てられた博物館なのだ。戦後間もない、まだ食べるものにも困る時代にもかかわらず、若者たちは地方から山岳文化を発信する意義を力説し、町民を説得したという。博物館の展示に必要な資料の収集や、調査研究、データベースの作成を若者たちがボランティアで行い、4年の歳月をかけて大町山岳博物館は開館した。山奥の小さな町に、このような経緯で博物館ができたことは、内外から注目を集めたという。設立当時から地域との結びつきが強いこの博物館は、以後、さまざまな角度から「山岳」をテーマに独創的な調査研究と発信、教育普及活動をしてきた。
山博(さんぱく)という愛称で、町の人たちに愛されている博物館は、今では山と並んでこの町のシンボルのひとつでもある。エベレスト初登頂者として知られる登山家、エドモンド・ヒラリー氏や、登山愛好家として知られる天皇陛下が、皇太子時代にご来館されたこともある。日本の山岳を学ぶ上で、訪れておきたい場所として、広く知られている博物館なのだ。
北アルプスで生きる野生生物の飼育と展示も早くから始まっている。はじめにオオハクチョウの保護と飼育から始まり、1955年にはニホンカモシカの飼育もスタートした。1972年には、日中国交回復の記念に中国からパンダが贈呈された時の返礼として、ここで育てたカモシカが北京動物園へ贈呈されたこともあるのだという。