このお祭りを無事に終えた後、「もっと馬とかかわりたい」と思っていたら、岩手県内で馬の牧場を営む人から、馬の扱い方を記した洋書を翻訳してほしいと頼まれた。しかし、馬のイロハを知らずに、専門書を訳すことはできない。そこで、「馬のことがわからないと翻訳できないので、働かせてください」と話して、牧場で馬の世話をする仕事を得た。
初めて馬と向き合って生活をすると、次第に気持ちが通じ合うようになっていった。自分の気持ちが穏やかな時には、言葉を発しなくても意図を汲んでくれる。一方で、自分の気持ちが荒れている時は、馬も様子が変わった。いつもつれない態度を取る馬が、子どもに対しては優しくふるまう姿も間近に見て、馬と人間の特別な関係を肌で感じた。
歴史を振り返ってみれば、古今東西、どんな時代も馬は人間と共に生きてきた。農耕を助け、移動の足となり、時にはともに戦い、排せつ物は肥料になった。そこには、馬と人間の循環型の社会があった。その暮らしを現代に再現したいと思い始めた頃、安比高原で馬の放牧を始めたばかりの安比高原ふるさと倶楽部から声がかかった。
馬の役割は、ただ雑草を食べるだけではない。排せつ物は土の養分になり、大地を踏み固めて山を強くする。馬の放牧と芝生の草原は、地域を潤す観光資源にもなる。この循環に賛同した阿部さんは、二つ返事で快諾。2016年、八幡平市の地域おこし協力隊員になり、放牧事業やイベントに携わるようになった。
ユニークな視点を持つ阿部さんは、放牧を終えた後の冬に着目した。体が強い農耕馬は、岩手の厳しい寒さのなかでも自由に動き回ることができる。地元の人から「昔は、冬の間、馬が引くそりで荷運びしていた」と聞いた阿部さんは、それを現代版にアレンジした。
冬場まったく使われず、パウダースノーの雪原のようになるキャンプ場で、馬に浮き輪のようなチューブを引かせて、それに乗って楽しむ「スノーチューブ」を企画。ほかにも、あえて真冬に「馬と暮らし、働く」をテーマにした1泊2日のワークショップを開催した。
「日本中で行われている10分、20分の触れ合い体験じゃなくて、馬自体を感じてもらう、知ってもらう時間にしたかったんです。だから裸馬に乗ったり、スノーチューブもするし、馬とゆっくり時間を過ごして、お世話もするという内容にしました。そうしたら、あまり雪が降らない西日本の人たちが来てくれて、すごく喜んでくれましたね」