
雪こそ降っていなかったけれど、吐く息は白い11月。山形駅からバスを乗り継ぐこと、およそ1時間。まわりに木しかないようなバス停から少し歩くと(おそらく降りるバス停を間違えた)、銀山温泉は山と山のあいだに突然現れた。
「わあ! 着いたぞ!」
本の中にあった憧れの景色が、目の前に広がる瞬間の興奮。町の中心を流れる大きな川の左右に、ずらりと並ぶ大きな旅館やお店のどれもが、東京で見られるものとは全然違った。
昭和元年に流行した、温泉街の洋風化の流れにより一斉に洋風に作り変えられた木造の建物。それが戦後にブームが落ち着いて、改めて和風に戻っていったという過去がある。なるほど、だから洋風と和風が入り混じり、どこか懐かしいような、それでいて異国のような雰囲気があるのだ。
当時は、おいしそうな匂いのする蕎麦屋さんや、お土産屋さんに目を奪われていた私たちだけれど、改めて調べてみると銀山温泉は温泉街としても、とても古い歴史を持つ。
銀山温泉の公式サイトにある年表によれば、採鉱のため切り開かれた銀山に温泉が発見され、利用が始まったのは1600年前後のこと。その後、温泉地として盛り上がりを見せたのは1741年とある。山々にひっそりと囲まれた温泉地に、普段の暮らしから離れて癒やしを求める人々の姿は、徳川吉宗が江戸幕府の将軍だった時代から変わらないのだろう。温泉地としての盛り上がりとともに、必然的に宿屋や小商いが増えていった。
私たちが宿泊したのは、『味とまごころの宿 昭和館』。温泉街のちょうど真ん中あたりに位置する旅館だ。大きなたぬきの置物がある玄関をくぐると、女将の手作りだという和小物が並ぶ。
銀山温泉のなかでは比較的リーズナブルなお値段で、しっかりと源泉かけ流しのお風呂が楽しめる。しかも、最上階に天空露天風呂があり、上から温泉街を見渡しながら風呂に入れるのだ。私たちは、真っ先にそちらに駆け込んだ。
11月の山形は、寒い。一度温かい湯船に入った私たちは、ずいぶん長いこと出られなかったけれど、また別の「おしゃべりを許された時間」として、いろいろなことを話した。蛙の声がよく聞こえる露天風呂で、身体はポカポカ、顔はキンキンに冷えていた。