
翌朝、連泊したい気持ちを抑え、銀山温泉を後にした。予算的な問題もあるし、何よりせっかく山形まで来たのだから、他にも見たい場所があった。


そうして向かったのが、1689年に松尾芭蕉が訪れ、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の句を読んだことで知られる宝珠山 立石寺、通称「山寺」である。紅葉を見たり、玉こんにゃくやおかきを食べたり、観光を楽しんだ。
しかし、笑っていられたのも最初だけ。山寺は階段が多く、その名のとおり、ほとんど登山状態。私たちは分厚いコートを脱いで抱え、セーターを腕まくりし、汗をかきながらなんとか登りきった。
ひいひい言いながら、それでも私たちががんばれたのは、そのあとに入る温泉のことを考えていたからだ。
銀山温泉がきっかけで山形行きを決めたものの、調べてみると山形には「蔵王温泉」と呼ばれる日本屈指の古湯があるというではないか。読めば、開湯1900年の歴史を持ち、強酸性のお湯が肌を若返らせる「美人づくりの湯」。温泉好きの私たちは、すぐさま蔵王温泉を旅程に組み込んだ。
ところが、ここで私たちの甘さが出た。
たいして調べもせずに、さまざまな寄り道をして蔵王駅に辿り着いたとき、私たちは愕然とした。何もない、のである。てっきり「蔵王駅」に行けば、目の前に観光地らしき何かがあると思い込んでいた。でも、何もない。ただ真っ暗な駅前のロータリーに、人っ子一人いないのだ。駅前の地図を見ると、今いる「蔵王駅」とは遠く離れたところに「蔵王温泉」はあった。
「あのぉ、蔵王温泉に行きたいんですけど……」
駅のおばちゃんにおそるおそる聞くと、聞きたくなかった返事が返ってきた。
「え、ここからは行けないよ。山形駅からなら、バスが出てる」
なんと、蔵王駅に来る途中で経由した山形駅から、蔵王温泉までのバスが出ていたという。私たちはただ一心に「蔵王」という字面だけを追いかけてきてしまったのが間違いだった。
仕方ない。温泉は諦めて市街に戻ろう。そう決めて電車を待つが、いくら待っても電車がやってこない。改めておばちゃんに聞くと、この時間に市街に戻る電車は一時間後とのこと。乗り逃しても3分後には次の電車が来る都市での生活に慣れきっていた私たちは面食らった。
「どうしようか……?」
見合わせた困り顔に、もはや笑えてくる始末。ええい、こうなったら何が何でも温泉に入りたい! 私たちは駅のおばちゃんに地元のタクシー会社の電話番号を聞くことにした。