人の気配がまったくない静かな森のなかをゆっくりと進むトロッコに乗りながら、自分が今いる町が舞台になっている(と思われる)小説を読むというのは、なにか不思議な気分になる。
主人公が探す「背中に星の形の毛がはえた羊」が、線路の脇からひょっこりと顔を出してもおかしくない。スタート地点に戻った時、一ミリも隙のない黒服の秘書が待ち構えていたら、トロッコを降りた後に耳の形が美しい女性と出会ったら、そんなあり得ない想像が次から次に湧いてくる。
行きのハイテンションから打って変わり、帰りは異世界に紛れ込んだような感覚を堪能した。当たり前だけど、スタート地点には僕を見送ってくれたスタッフのおじさんが変わらずにいて、ホッとした。僕を待ってくれていた岩崎さんに「予想をはるかに超えて楽しかったです!」とお礼をして、僕は当初の予定になかった次の目的地へ。
実は偶然にも、美深町で300頭の羊を放牧している松山農場の代表、柳生佳樹さんにトロッコ王国でお会いしたのだ。柳生さんこそ、最初に十二滝町=美深町説を唱え始めた方。取材時は柳生さんが経営する宿と農場はコロナ禍で閉じていたのだけど(7月20日より再開)、なにか運命的なものを感じた僕は柳生さんが2年前に開いたブルワリー兼レストラン「美深白樺ブルワリー(レストランBSB)」に向かった。岩崎さんは駐車場を出て信号を右折し、僕が乗る車が見えなくなるまで大きく手を振ってくれていた。