今年は乳を出す母ヤギが11頭になり、乳量が前年の1.5倍から1.7倍になった(単純に倍増しないのは、1歳のヤギは乳量が少ないから)。小屋を改装した工房でのチーズ作りにも慣れて効率的になったため、5000個ほどのチーズを作る予定だという。
チーズの数は昨年の2.5倍だが、堀さんから焦りは感じない。それはやはり、しっかりと市場やニーズを見極めてから参入し、実際に手応えを得ているからだろう。
子ヤギも19頭生まれ、養沢ヤギ牧場は一気ににぎやかになった。ヤギは双子、三つ子、四つ子を産むのも珍しくなく、おっぱいの奪い合いになるとうまく飲めない子どもが出てくるので、堀さんが毎日子ヤギにミルクを与えている。


集団で生活するヤギは集団内で順位付けをしていて、人間の順位が低くなると飼い主として認められないそうだが、ミーちゃん以外のヤギはみんな堀さんからミルクをもらって育った。それで堀さんを「親」と思っているのか、子ヤギが堀さんの周りから離れないのだ。
堀さんのおかげで子ヤギたちは人間を恐れておらず、牧場に入れてもらったら僕の周りにも集まってきた。子どもの頃、ムツゴロウさんに憧れた僕にとって、至福の時間だった。
来年の春には、週末に1日1、2組限定で一般のお客さんに向けて「子ヤギのミルクやり体験」を開催しようかと考えているという。その話を聞いて、瞬時に「絶対参加します」と立候補してしまった。それぐらい、子ヤギは圧倒的にかわいい。
「自分にとってヤギは愛でる対象ではなく、仲間」という堀さん。少しでもヤギたちが快適に過ごせるように、放牧場をさらに拡げるそうだ。「ひとりでやってるから、なかなか手が回らなくて」と言いながら、子ヤギを引き連れて牧場を歩いている姿を見て、「自分の力で生きる道を見つけたんだな」と思った。
取材時はチーズ作りに入る直前だったため、堀さんにお願いして、後日、今年最初に作ったチーズを送ってもらった。山の斜面で放牧されて育った元気なヤギのチーズは、爽やかでクリーミーな風味のなかに核となるコクを感じた。これがきっと、堀さんが目指した「個性」なのだろう。目を閉じてしっかり味わうと、牧場で出会ったヤギたちの顔が浮かんできた。