2日後、母を誘って再び鹿渡島定置を訪れた。酒井社長が迎えてくれる。先日、食べ逃した朝の漁師メシをなんとしても体験したくて、社長にムリを聞いてもらったのだ。
「獲れたての刺身が食べられるなんて、楽しみやわあ」と語尾を伸ばす母は、明らかにうれしそうだった。そして、冒頭の刺身天国にありつく。
朝8時。テーブルには能登フグの炙り、フクラギ、ウスバハギとその肝、アオリイカ、ゲソ、焼きカマス、焼きマイワシなどが並ぶ。酒井社長が過去に漁師たちと食べていたスタイルでいただいた。
「自然が相手だからね、獲れる量は多かったり少なかったりする」と酒井社長はいう。
「海には風があり、波がある。漁場まで行っても、潮流が速くて網を揚げられない時もある。目に見えない条件が重なって、初めて魚が獲れるんです」
500年続くこの漁法は、今も自然との対話の中で営まれている。そしてこのキトキトの魚たちは、暗い海へ船を出す漁師たちによって、私たちの食卓に届けられる。
酒井社長は近々、引退を考えていると教えてくれた。代わりにやりたい経営者が現れたのだという。35年前、かつて鹿渡島定置を酒井社長が繋いだように、今度は彼が次の世代にバトンを渡す番だ。
そして午前2時半。今日も鹿渡島定置の小屋に明かりがぽっと灯る。伝統を守る男たちがまた、富山湾へと滑り出していく。