未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
305

生ける文化財を守る 〜江戸時代に菅江真澄が伝えたシロバナタンポポのゆくえ〜

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子(表記のないもの全て)
未知の細道 No.305 |25 May 2026
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#4シロバナタンポポ、消滅の危機

本家は昭和5年(1930年)まで医師としてこの場所に診療所を開いてきたが、今は近隣の黒石市に引っ越したという。そしてこの歴史的な本家の広大な敷地を守る手伝いを、分家にあたる清美さんの祖父や父がずっと担ってきた。特に熱意を持ってシロバナタンポポを守ってきたのは、清美さんの亡き祖父、武基さん。武基さんの書斎には「採取したシロバナタンポポの種がいつもあった。それを見て育ちました」という清美さん。千春さんも、お舅さんである武基さんのことを「このおじいちゃんが、とてもいい人だった。優しかったのよ」という。

板柳小学校で出張授業をする当時の武基さん(撮影:北畠千春)

江戸時代から伝わる北畠本家の広大な敷地には、昭和40年代ごろまでシロバナタンポポがたくさん咲いていたそうだ。当時も、何度か新聞やテレビなどから、歴史的な花として取材を受けており、庭に白いタンポポが咲く古い写真なども残っている。 しかし、年々その数は減っていった。武基さんはハウス栽培で、株を増やすことも試みたが、なぜか以前の勢いが戻ることはないまま、時が過ぎていったという。

2019年には、祖父・武基さんが、シロバナタンポポを心配しながらも亡くなってしまう。晩年まで「この白いタンポポは大切なものだから、なくしてはいけないよ」と、武基さんから言い聞かされていたという清美さん。言われていた時はそこまで気にしていなかったそうだが、いざ祖父が亡くなった後、「じいちゃんの言っていた白いタンポポ、どうなったかな……」と気になり、本家に行ってみると、なんとたったの3株しか確認できなかった。2021年のことだった。

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「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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