
本家は昭和5年(1930年)まで医師としてこの場所に診療所を開いてきたが、今は近隣の黒石市に引っ越したという。そしてこの歴史的な本家の広大な敷地を守る手伝いを、分家にあたる清美さんの祖父や父がずっと担ってきた。特に熱意を持ってシロバナタンポポを守ってきたのは、清美さんの亡き祖父、武基さん。武基さんの書斎には「採取したシロバナタンポポの種がいつもあった。それを見て育ちました」という清美さん。千春さんも、お舅さんである武基さんのことを「このおじいちゃんが、とてもいい人だった。優しかったのよ」という。
江戸時代から伝わる北畠本家の広大な敷地には、昭和40年代ごろまでシロバナタンポポがたくさん咲いていたそうだ。当時も、何度か新聞やテレビなどから、歴史的な花として取材を受けており、庭に白いタンポポが咲く古い写真なども残っている。 しかし、年々その数は減っていった。武基さんはハウス栽培で、株を増やすことも試みたが、なぜか以前の勢いが戻ることはないまま、時が過ぎていったという。
2019年には、祖父・武基さんが、シロバナタンポポを心配しながらも亡くなってしまう。晩年まで「この白いタンポポは大切なものだから、なくしてはいけないよ」と、武基さんから言い聞かされていたという清美さん。言われていた時はそこまで気にしていなかったそうだが、いざ祖父が亡くなった後、「じいちゃんの言っていた白いタンポポ、どうなったかな……」と気になり、本家に行ってみると、なんとたったの3株しか確認できなかった。2021年のことだった。