未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
57

おれを鍋にまぜてくれないかい?

“鍋の日”に起きた南部町の奇跡

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.57 |20 December 2015 この記事をはじめから読む

#5奇跡の始まりは怒涛の電話攻勢

 ところが、冒頭でお伝えした通り、17時頃に到着すると、すでに肝心のお客さんがいなかった。レジのおじさんに「ここらへんの人は、夕飯の買い物はもっと早い時間帯にするんだ。今日は、鍋の具材を揃えて店頭で売ってたんだけど、もう片付けちゃったよ」と言われて、当初の楽観ムードは危機モードに。
 もう、買い物が終わっている時間ということは、直売所で出会った人の鍋に加わらせてもらうというミッションは、インポッシブル!?
 僕は最後の可能性にかけて、3つめの直売所、ほのぼの館に向かった。
 ほのぼの館は来た道を戻る位置にあり、また15分かかって到着したのは17時30分。外はすっかり暗くなっていて、焦りが募る。もう、なりふり構っていられない。
 僕は、ノートを広げて「どうも~!」と店の扉を開いた。
 店内には、レジに若い女の子とおかあさん、店の奥にあるストーブにあたっているおとうさん、お客さんも2人いた。
 招かれざるハイテンションの珍客に、女の子とおとうさん、お客さんは明らかに戸惑っている様子だったけど、さすがおかあさん、冷静な突っ込みを入れてくる。
 「テレビかい?」
 腹をくくった僕は、ふくちジャックドセンター、チェリーセンターを経てほのぼの館まで流れてきた経緯を説明した。

 ここから、南部町の奇跡が始まる。
 僕が南部町に来た理由を知ると、ジャックドセンターのおかあさんたちと同じく、店のなかの全員が「なにそれ!」と笑ってくれた。そして、その場にいる人たちの誰も夕飯は鍋ではないとわかって、あからさまに落胆する僕を見て、恐らく、「こいつはアホだ」と呆れつつも同情してくれたのだろう。
 レジにいた女の子が「知り合いに聞いてみましょうか?」と言ってくれた。いかにも友達が多そうな、朗らかな雰囲気の女の子の名前は、庭田春奈さん。「お願いします!」と頭を下げると、庭田さんの怒涛の電話攻勢が始まった。
 「○○さん、どうも、こんばんは! 詳しい事情は後で話すけど、今夜の夕食って鍋じゃない? そうっかー、違うか、わかった。ごめん! またね!」
 当たりがないとわかると、ひとり、ふたり、三人と、どんどん電話をかけてくれる。相手が電話に出ないと、留守電にまで入れてくれる。電話に出た人も、留守電を聞いた人も、何事!? と思うだろうけど、そういうやり取りが許される間柄なのだろう。
 心底驚いたのは、庭田さんからの電話を受けて、ほとんど詳しい説明も聞かずに「鍋してそうな人がいるから、聞いてみる」と言ってくれる人がいたこと! そしてなんと、ほのぼの館で待つこと20分、間もなく閉店時間の18時というときに、この謎の伝言ゲームで庭田さんの友人、リンゴ農家のUさんから「見つかった!」と連絡が来たのである。
 僕は「マジっすか!!!」とつい大きな声をあげてしまった。
 南部町のネットワーク、ハンパねえ!!

ほのぼの館は、店内もほのぼのとした雰囲気
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未知の細道 No.57

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。