未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
93

幻の落花生をピーナッツバターに!

NutsによるNutsのための物語

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.93 |25 June 2017
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#4人生を変えた『ウォールストリートジャーナル』

DIY精神旺盛な杉山さんは、包装のデザインも自分で手掛ける

 正社員になってからは、さらに仕事に打ち込んだ。不要だと判断されたら「明日から来なくていい」と宣告される職場を、杉山さんは「アップ オア アウト。(地位が)上がるか、辞めるか」と表現する。そこで「死ぬ気」で働き、アソシエイト、シニアアソシエイトと出世の階段を登り始めた。そうして間もなく管理職のマネージャーになろうかというタイミングで、杉山さんの人生に地殻変動が起きた。

 ある日曜日の朝、全国紙『ウォールストリートジャーナル』を読んでいたら、ピーナッツバターの特集が組まれていた。なにげなく記事を読んでいたら、「ENSHU」という単語が目に留まった。ん? と思って読み進めると、1904年にセントルイスで開催された万博でピーナッツの品評会が開催され、ENSHUの落花生が世界一に輝いた」と書かれていた。

 ENSHUとは遠州、すなわち杉山さんの故郷浜松を含む静岡西部を指す。全体の特集のなかでほんの一部、わずか数行のこの記事が、エリート会計士として成り上がろうとしていた杉山さんの人生を変えた。

「ENSHUっていう単語をみたのが、とにかくすごい衝撃的で。日本人として誇らしく思ったし、熱くなったんですよ」

 アメリカで長く暮らしているうちに、不思議に思うことがあった。ニューヨークは多様な人種と宗教が交錯し、厳然とした対立もある土地なのに、なんでどの家庭にもピーナツバターがあるのだろう?

 アメリカで長く働いているうちに、繊細な仕事と高いクオリティで世界的に評価の高い「日本のモノづくり」に興味を持った。名のある企業のブランドの下で会計士というサービス業を続けているうちに、「もっとタンジブルなもので勝負したい、自分でものを作ってみたい」という思いが募っていた。

 このふたつの要素と「ENSHU」の記事が唐突に、激しく化学反応を起こし、杉山さんは新聞を読みながら閃いた。

「世界で一番をとった遠州の落花生でピーナッツバターを作ろう!」

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未知の細道 No.93

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。