未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
93

幻の落花生をピーナッツバターに!

NutsによるNutsのための物語

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.93 |25 June 2017
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#10自分で線路を作る

遠州小落花の粒。生で食べさせてもらったら美味しかった

 杉山さんが会計士を辞めてピーナッツバターメーカーになると決心したとき、KPMGの上司が、こういう話をしたそうだ。

 ――大きな組織にいると、電車に乗っているようなもので、キツいときがあっても、とにかく歯を食いしばってこの電車に乗っていれば、終点まで連れていってくれる。でも自分で何かをやり始めるということは、まず線路を作るところから始めないといけない。そこから終点まで自分で電車に乗っていかないといけない。それは大変なことだよ。

 杉山さんは自分で線路を作って、走り始めたばかり。でも、それが楽しくて仕方ない。

「うち、1歳の双子がいるんですよ。これも何かの縁かなって思って。双子ってピーナッツぽくないですか(笑)。いつも、ふたりにピーナッツバターをスプーンですくって舐めさせてます。そうすると、美味しいから、にこーーって笑うんですよね。その顔を見たときが一番幸せですかねえ」

 杉山さんの畑では、一面に芽吹いたばかりの遠州小落花が青々とした葉を広げていた。その土はフカフカで柔らかく、高級絨毯のようだった。この畑で育つ遠州小落花は、無農薬で育てているのにほとんど病気にかからないそうだ。

 杉山さんは「100年以上も放置されて、自然の環境のなかで生き残ってきた種を使っているから、タフなんですよ」と嬉しそうに教えてくれた。そして、同じように遠州小落花に情熱を傾けてくれる仲間がいたら、一緒に畑を広げていきたいと言った。

 忘れ去られていた世界一のピーナッツ・遠州小落花を探し出し、復活させた男は、「新しいものに挑戦するときって、成功するかはわかんないけど楽しいじゃないですか。その楽しいことを一生懸命、諦めずにやっていけば最終的には絶対なんとかなる。それを経験したのがアメリカ時代ですね」と振り返る。

 浜松名物と言えば「ウナギ」だけど、僕は遠州小落花がいつの日か再び、世界の舞台で脚光を浴びる日が来るだろうと確信した。そして、杉山さんと遠州小落花の「ナッツな物語」はきっと、『ウォールストリートジャーナル』の誌面を飾るのだろう。

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未知の細道 No.93

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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