杉山さんが会計士を辞めてピーナッツバターメーカーになると決心したとき、KPMGの上司が、こういう話をしたそうだ。
――大きな組織にいると、電車に乗っているようなもので、キツいときがあっても、とにかく歯を食いしばってこの電車に乗っていれば、終点まで連れていってくれる。でも自分で何かをやり始めるということは、まず線路を作るところから始めないといけない。そこから終点まで自分で電車に乗っていかないといけない。それは大変なことだよ。
杉山さんは自分で線路を作って、走り始めたばかり。でも、それが楽しくて仕方ない。
「うち、1歳の双子がいるんですよ。これも何かの縁かなって思って。双子ってピーナッツぽくないですか(笑)。いつも、ふたりにピーナッツバターをスプーンですくって舐めさせてます。そうすると、美味しいから、にこーーって笑うんですよね。その顔を見たときが一番幸せですかねえ」
杉山さんの畑では、一面に芽吹いたばかりの遠州小落花が青々とした葉を広げていた。その土はフカフカで柔らかく、高級絨毯のようだった。この畑で育つ遠州小落花は、無農薬で育てているのにほとんど病気にかからないそうだ。
杉山さんは「100年以上も放置されて、自然の環境のなかで生き残ってきた種を使っているから、タフなんですよ」と嬉しそうに教えてくれた。そして、同じように遠州小落花に情熱を傾けてくれる仲間がいたら、一緒に畑を広げていきたいと言った。
忘れ去られていた世界一のピーナッツ・遠州小落花を探し出し、復活させた男は、「新しいものに挑戦するときって、成功するかはわかんないけど楽しいじゃないですか。その楽しいことを一生懸命、諦めずにやっていけば最終的には絶対なんとかなる。それを経験したのがアメリカ時代ですね」と振り返る。
浜松名物と言えば「ウナギ」だけど、僕は遠州小落花がいつの日か再び、世界の舞台で脚光を浴びる日が来るだろうと確信した。そして、杉山さんと遠州小落花の「ナッツな物語」はきっと、『ウォールストリートジャーナル』の誌面を飾るのだろう。

川内イオ