その後、了仙寺から伊豆急下田駅に向かう1.3キロの道中にある第43札番の大安寺、第41札番の海善寺に立ち寄った。どちらも観光客が立ち寄るような華やかな雰囲気ではないのだけど、歴史を知ると興味がわいてくる。
例えば大安寺はアプリに【日向佐土原藩の船が、将軍家に献上するための御用材を積んで江戸に向かう途中で暴風雨に遭い、やむを得ず積荷の一部を捨てて下田港に入港しましたが、御用材を捨てた責任をとり16人が自害しました。 帰葬が許されなかったため、故郷の菩提寺と同名の大安寺に葬られることとなりました。 船に残されていた材木は、大安寺の本堂の柱として残っています。】とある。大安寺にはこの16人の墓が現存していて、こんな悲劇があったのかとしんみりしてしまう。
山門がとても立派な海善寺は、検索してみると「14代将軍徳川家茂公が京都に向う途中、嵐に遭いこの寺で年越しした」そうだ。徳川将軍が泊まったお寺だと思うと、感慨深い。
ちなみに、なぜ第42札番の長楽寺を飛ばしているのかというと「忘れたから」。長楽寺は了仙寺のすぐ近くにあるから、参拝する時間はいくらでもあったのだけど、ガイドブックで長楽寺を見落としたまま了仙寺から伊豆急下田駅に向かってしまったため、今回は参拝を見送った。また次回の楽しみにしよう。

川内イオ