丁寧に手摘みされた茶葉は、その日のうちにモノラックで山から降ろされ、近くの工場に持ち込まれる。ここでも、いわゆる「常識」とは違う作業が行われている。
日本茶は、収穫してからすぐに生葉を蒸す。葉に含まれる酸化酵素を失活化させるためだ。これをしないと、葉の発酵が進んでしまう。葉に少しでも酸化酵素が残っていて発酵してしまうと日本茶としては使い物にならなくなるので、普通は十分に時間をかけて蒸す。
ところが、築地さんは日本茶業界の常識とはかけ離れた方法を独自に編み出した。
「うちの工場では、生葉に余分な蒸気をかけることで葉の成分が抜け、香りが飛んでしまうと考えています。だから、必要最低限、なるべく短時間で蒸して香りや味を閉じ込める製法をとっています。叔父は生葉が蒸され出てくるまで12~13秒程と言っていましたが、生葉の様子を見ながらやるので多少の前後はありますね。ほかの生産者からしたら、そんなに短くて大丈夫なの? と思われるかもしれませんが、酸化酵素を失活化させてしまえば、それ以上蒸す必要はないので、いつもギリギリのタイミングを見計らっているのです。これは最も繊細な作業で、ほかの工場では真似できないことだと思います」
「ナンバーワンにして、オンリーワン」を目指した築地さんの取り組みを聞いて、「すべては最高の茶葉のために」という言葉が浮かんだ。実は、東頭の茶樹の種類は前述した「やぶきた」。日本の75%を占める「やぶきた」でありながら、常識を覆すチャレンジの末に、100グラム1万円の日本茶「東頭」が生まれたのだ。実は勝美さんは東頭以外にもお茶を作っていて、そのどれもが国内外で高い評価を受けてきた。そうしていつしか「日本一の茶師」と呼ばれるようになった。

川内イオ