
この「ビールの里」で、ひとつの象徴的な存在になっているのが、2018年5月にオープンした「遠野醸造TAPROOM」。TAPとは、ビールの注ぎ口を指す。TAPの部屋、それはすなわちビアパブだ。店内の工房でビールの醸造も行う、マイクロブルワリーである。
まだ開店から1年半ほどしか経っていないが、遠野醸造はビールファン以外からも名を知られる存在になっている。ビールを通して地域と人やモノ、カルチャーをつなぐ「コミュニティブルワリー」として、全国的に注目を集めているのだ。
遠野醸造代表の袴田大輔さんは、「地域に根付いた面白いコミュニティを作って、地域のプレイヤーや新たな事業の種が生まれてくるような場にしたい」と語る。人やアイデア、いろんなものが生まれて、育つマイクロブルワリーってどんなところ?
まずは、「コミュニティブルワリー」のキーマン、袴田さんの人生を振り返ろう。そこには、遠野醸造誕生の「種」が落ちている。
青森市出身の袴田さんは、高校時代、ハンドボール部の部長を務め、筑波大学に現役で合格するという文武両道の若者だった。しかし、多少の無理をしていたのだろう。大学に入って自由を得ると、「受験勉強の燃え尽き症候群で」(袴田さん)、ほとんど授業に出なくなった。大学1年生の時に取得した単位が9.5で、大学からは除籍勧告を受けたという。
さすがに大学をクビになるわけにはいかず、「改心して」、授業に出るようになった袴田さんだが、今度は旅に目覚めた。日本国内、あちこちを旅した後の2008年、大学4年生の時に2年間休学して世界一周に出発。30カ国を巡っている間に出会ったのがビールだった。
「もともとは大手のビールを飲むぐらいだったんですけど、旅中にその土地、土地のビールを飲むのが楽しくなって、ノートに瓶のラベルをぶわーっと張ってました。衝撃だったのは、チェコの『ピルスナーウルケル』。日本の大手が作るラガービールの元祖と言われているんですけど、工場見学に行った時、木樽で熟成してあるビールがあって、それがめちゃくちゃ美味しくて。日本のビールの味に似ているのかと思ったら、想像をはるかに超える味で衝撃を受けました」
この旅で、すっかりビールにはまった袴田さん。しかし、数年後に自分でブルワリーを立ち上げるとは想像もしていなかっただろう。