
クラウドファンディングでの目標達成後も、袴田さんはたちの種蒔きは続いた。お店のペンキ塗り、醸造タンクの搬入など、ことごとくイベント化し、地元の人たちと一緒にお店を作りあげてきた。その象徴が、店内に置かれている椅子だ。ショップボットというサービスを利用し、誰でも簡単に組み立てられる椅子を作り、それをみんなで完成させた。
こうした取り組みによって、地元の人たちにとって親しみ深い場所に、市外、県外の人たちにとって気になる場所になっていたのだろう。昨年5月、無事にオープンを迎えると、当初の予想の2倍のお客さんが訪れた。
ここからが、「コミュニティブルワリー」実現に向けた本当のスタートライン。袴田さんたちは、自由な発想で企画を考えた。
例えば、自家焙煎しているコーヒー店とコラボレーションしてコーヒー風味のビールを作ったのを皮切りに、地元のハスカップや白樺の樹液を使ったビールも作った。
地元の漁師さんに牡蠣やタコを持ち寄ってもらい、それをお店で料理して、クラフトビールと楽しむ漁師ナイトも開催した。
岩手出身の女性エッセイストをゲストに、クラフトビールを飲みながら、エッセイと俳句についての語るトークイベントも開いた。
いかにも楽し気なこういったイベントから、自然発生的に新しいアイデアが生まれている。ある場所の湧き水を使ったビールを使ってほしいというリクエストが来たり。漁師ナイトに参加した生姜農家さんと「ジンジャーエールビール」を造ろうという話になったり。エッセイ&俳句イベントをきっかけに、遠野で俳句サークルが立ち上がって、ホップにちなんで「毬花句会」と名付けられたり。ここに挙げたどの話も、袴田さんたちにとっては予想外の出来事で、それこそが望んでいたことだった。
「ビールを通していろんなカルチャーとつながると、どんどん面白い人が集まってくるんですよね。それで、思わぬ化学反応が起きていて、その意外性がすごく面白い。具体的に何が起こるかわからないけど、想像もしてなかった面白い展開が待っているんじゃないかなって、ワクワクします。だから、この場所をどうしていきたいかと聞かれたら、僕らの予想がつかないような展開にしたいっていうのが答えです(笑)」
冒頭に記した、「ビールを通して地域と人やモノ、カルチャーをつなぐコミュニティブルワリー」。もしかすると、イメージが湧かなかった読者もいるかもしれないけど、ここまで読んでいただければわかったと思う。「遠野醸造TAPROOM」は、ビール以外にも遠野の町のいろいろなものを分解し、発酵しているのだ。

