未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
167

『旅の思い出』編 過去から甦る建物と生き続けるアートをめぐる旅

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.167 |11 August 2020
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#5暗闇の中に光る糸

富山県美術館の屋上から撮影した北アルプス・立山連峰。

北アルプスの山々がくっきり美しく見える日だった。雪を抱いた山々を眺めながらクルマを走らせると周囲はのどかな田園風景に変わり、「こんなところに本当に現代美術専門の美術館があるんだろうか?」という疑問を覚える。
どこまでも続く田園の真ん中を走り続けると、やや唐突に煉瓦造りの大きな建物が見えてきた。
おお!と思わず胸がときめいた。
来る前はどこか無機質な建物を想像していたが、実際にはヨーロッパにあるようなモダンで温かみのある建物だった。

発電所美術館の外観。煉瓦造りでかっこいい。

私が訪れた時は、「藤原隆洋展 Somewhere」という展覧会が開催中だった。入場券を買い、インスタレーション作品、《In the Darkness》の展示空間に入って驚いた。
暗い……。
その展示室は、光が最小限に抑えられ、ものすごく暗かった。そして人の気配もなく、空気がひんやりとしている。
戸惑いながら、そろそろと中に足を進める。
しばらく空間を眺めていると、空間の輪郭がぼんやりと見えてきた。どうやら天井高10メートルほどの、がらーんとした空間のようだ。
ぼんやりと空間の輪郭が見えてくると、さらに戸惑いを覚えた。
あれれ、何も展示されていない……!?
しかし、目をよくこらすと、暗闇の中にかすかな光が浮かび上がった。それは「物体」というほど確かなものではなく、淡くゆらめく光の塊のような感じだった。
近づいてみると、その正体は天井から垂れ下がった無数の糸だった。そうか、たくさんの細い糸がわずかな光を反射しているんだーー。
見る角度により、光は形を変え続け、なんとも美しい。

ここで作品の詳細に踏み込むのは避けたいが、建物が持つ凛とした静けさが作品の力と繊細に響きあい、見事な鑑賞体験を生み出していた。
そして、タービンや導水管がそのまま残された展示スペース自体も興味深く、私たちはしばらく建物自体を観察することも楽しんだ。
ちなみに、大正15年に建設されたこの建物は、国の登録有形文化財に指定されている。発電所がそのままの雰囲気を残しながら美術館として生まれ変わったのは、日本ではここくらいだろう。
もしここを訪れることがあれば、ぜひ展望台にも登ってみて欲しい。晴天の日は、遠くにそびえる黒部の山々や広い大地が一望できることだろう。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。