未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
293

石川県七尾市

キトキトとは北陸の方言で「新鮮」という意味だ。過酷な経験を通して食す、キトキトな魚たちはどんな味がするのだろう。その答えを求めて、人の気配が消える午前2時半、私は能登半島にある鹿渡島(かどしま)の定置漁場へと向かった……。

文= きえフェルナンデス
写真= きえフェルナンデス
未知の細道 No.293 |25 November 2025
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石川県七尾市

最寄りのICから【E8】北陸自動車道「小杉IC」を下車

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#1"キトキト"の意味を知る朝食

「73年間、生きててよかったわあ」

母が、目を閉じながら天を仰ぎ、口をもぐもぐしながら言った。至福の表情とは、きっとこういう顔のことをいうのだろう。

とある平日の朝8時。私たちは、能登地方の港にある「魚工房 旬」で、漁師メシを味わっていた。目の前のテーブルにところ狭しと並べられているのは、数時間前まで海を泳いでいた、キトキト(新鮮)な魚たちだ。

「これは、能登フグの炙りね。ポン酢で食べてください。お好みで一味かけるとおいしいよ。ここのフグは下関よりも生産量が多いんですよ」

一皿一皿、丁寧に説明が入る。日本海の荒波にもまれ、引き締まった身がなんとも言えない食感を生み出している。

「この赤っぽいのはフクラギね。あと、これは、カワハギの大きいのでウスバハギと言います。高級魚ね。こっちが、肝です。新鮮じゃないと食べられないの。醤油を入れて肝醤油にするとおいしいですよ」

刺身に肝醤油をからめて食べてみる。思わず声がでる。「……うっっま!」。

「アオリイカは今の旬ね。こっちは、ゲソ。コリコリしていておいしいですよ」

何だこの食感は。プリプリというかプチプチというか……口の中にイカのうま味が広がる。あっさりとしていると思いきや、甘さが口に残り、ふわっと海の香りを感じる。口の中で「おいしい」が変化していく。新鮮な魚って、臭みがまったくない。濃厚でありながら、嫌味がない。

「くうぅ……最高」と目の前で母が唸っている。

「この焼き魚は、マイワシとカマスです。脂が乗っていますよ。この海藻サラダはアカモク。海岸沿いで採れます。味噌汁にも、カマスとアカモクが入っていますよ」

おっと、待ってください。次から次へと料理が運ばれてくる。まるで小さい頃に思い描いた夢のようだ。

アカモクは人生初にお目にかかった。これは、まるでもずくのような粘りにしゃきしゃきが加わる、新しい食感。「スーパーフード」と呼ばれ、健康食として女性からの人気が高い食材なのだという。毎日でも食べたい味だ。

  • ウスバハギの刺身。うっすらピンク色
  • ウスバハギの肝はよほど新鮮でないと食べられない
富山湾で獲れた新鮮な魚を味わう

能登で生まれ育った私は、小さい頃からほぼ毎日のように刺身を食べていた。毎日食べても飽きないのが刺身であり、特別な日にご褒美として食べたくなるのも、やはり刺身だった。子どものころ、よく想像していた。

「キトキトの刺身を、たらふく食べたいなあ」

しかも、食べるなら"本当においしい"と心から思える状況で味わいたい、と。 いま、その願いが叶っている。

想像以上にハードな体験をした後の、ごほうびのような時間。私が思い描いていた"最高の刺身の瞬間"が、いま目の前にある。

――2日前。

その「体験」をするべく、私は夜明け前の富山湾へ向かった。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。