
鹿渡島の定置網は、全長約400メートル、幅50メートルで、深さ45メートルのところに固定してある。仕組みはこうだ。
ここでの漁は、2隻の船で行われる。大きな作業船と1人の船員が乗る小さな船だ。まず、魚の通り道に張った長い網で群れを誘導し、広い囲いの中へと追い込む。そこから、個室のような狭い網へ魚を移し、小さな船が出口を閉じる。
その後も、網の部屋をいくつか移動させながら、同じように出口を閉じていく。最後の囲いまで魚がたどり着くと、大きな作業船が待ち構え、2隻で挟むようにして魚をすくい上げる。
作業は淡々と行われていく。
先ほどまで100メートルほど先にいた小型船が、5メートルほどのところまで近づいてきていた。うっすら魚の姿が確認できる。
お互いの船が近づくにつれ、船員たちの動きが機敏になっていく。気づけばふたつの船の距離は1メートルほどになっていた。魚が踊る。パチンピチンと飛び跳ねている。激しい動きを繰り返す。
魚の激しさに比例するように、船員たちもエネルギッシュになり、熱が帯びているのがわかった。
「よーし、右からいけ」
「そっち持てよ!」
「行くぞー!」
かけ声が響き渡る。その瞬間、ドカッと、3メートル近くある魚が足下に運ばれてきた。尻尾をバタバタさせている。
すぐさま角を押さえ、エラの下の部分をマキリで刺すと、動きが止まった。
私は慌ててシャッターを押しながら「これは、なんていう魚ですか」と叫ぶ。
「バショウカジキだ! これ見られるなんてラッキーだね!」
運んできた船員は満足そうに、にかっと笑う。バショウカジキは、剣のように尖ったくちばしに大きな背びれが特徴の高級魚だ。この日は2匹獲れた。
「こいつは、気をつけないと危ないからね」と酒井社長。
「角の部分は鋭角で刺されて大けがをする場合もあるから、とってすぐに殺して氷で締めるんです」
船が少し揺れる。驚いたのは、船員たちがほとんど言葉を交わさないことだった。目配せと手の動きだけで、次々と作業が進んでいく。
「おい、そこ!」
突然、鋭い声が飛んできた。私が立っていた場所は、網を引き上げるロープが通る場所だった。
「そんなとこ立ってたら危ないやろ。あっちに移れ!」
強い口調だが、私の安全を思ってのことだとすぐに分かった。海の上では一瞬の判断ミスが事故につながる。だからこそ、遠慮のない直球の言葉が飛び交う。
ベテランの船員がすくい網をクレーンで操作する。若手がすかさず位置を調整し、力いっぱい引き上げる。さっき私を叱った船員も、黙々と作業に集中している。
この無言の連携と、時に飛び交う厳しい言葉。それらすべてが、安全と効率を追求した結果なのだろう。 ここが、海のプロフェッショナルたちの職場なのだと、改めて実感した。
クレーンと手作業で引き上げられた大量の魚は、船に装備された魚槽の中に入れられる。幅2メートルほどの魚槽は、あっという間にいっぱいになった。
船員はテキパキと陸に戻る準備をする。1時間20分の船の旅を終え、港に着くと船員さんから気遣いの言葉がかかる。
「ご苦労さん、船酔いせんかった?」
「大丈夫でした!」
「船には酔わなんだけど、男酔いしたんじゃないか!」
「うまいこと言うた」という顔をして船員さんはガハハハッと笑う。つられ笑いをしながら、一緒に船を降りた。