未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
293

織田信長も食した富山湾のキトキトな魚を求めて 深夜2時半、定置網漁船の旅へ

文= きえフェルナンデス
写真= きえフェルナンデス
未知の細道 No.293 |25 November 2025
この記事をはじめから読む

#4叫びと汗、熱が帯びる海の男たち

300分の1の模型。この網が海底に固定されている

鹿渡島の定置網は、全長約400メートル、幅50メートルで、深さ45メートルのところに固定してある。仕組みはこうだ。

ここでの漁は、2隻の船で行われる。大きな作業船と1人の船員が乗る小さな船だ。まず、魚の通り道に張った長い網で群れを誘導し、広い囲いの中へと追い込む。そこから、個室のような狭い網へ魚を移し、小さな船が出口を閉じる。

その後も、網の部屋をいくつか移動させながら、同じように出口を閉じていく。最後の囲いまで魚がたどり着くと、大きな作業船が待ち構え、2隻で挟むようにして魚をすくい上げる。

作業は淡々と行われていく。

先ほどまで100メートルほど先にいた小型船が、5メートルほどのところまで近づいてきていた。うっすら魚の姿が確認できる。

お互いの船が近づくにつれ、船員たちの動きが機敏になっていく。気づけばふたつの船の距離は1メートルほどになっていた。魚が踊る。パチンピチンと飛び跳ねている。激しい動きを繰り返す。

2隻の船が接近して網を揚げる
高級魚のバショウカジキ。攻撃されないようにくちばしを持ち、素早く絞める
バショウカジキを船上へ

魚の激しさに比例するように、船員たちもエネルギッシュになり、熱が帯びているのがわかった。

「よーし、右からいけ」

「そっち持てよ!」 

「行くぞー!」

かけ声が響き渡る。その瞬間、ドカッと、3メートル近くある魚が足下に運ばれてきた。尻尾をバタバタさせている。

すぐさま角を押さえ、エラの下の部分をマキリで刺すと、動きが止まった。

私は慌ててシャッターを押しながら「これは、なんていう魚ですか」と叫ぶ。

「バショウカジキだ! これ見られるなんてラッキーだね!」

運んできた船員は満足そうに、にかっと笑う。バショウカジキは、剣のように尖ったくちばしに大きな背びれが特徴の高級魚だ。この日は2匹獲れた。

「こいつは、気をつけないと危ないからね」と酒井社長。

「角の部分は鋭角で刺されて大けがをする場合もあるから、とってすぐに殺して氷で締めるんです」

船が少し揺れる。驚いたのは、船員たちがほとんど言葉を交わさないことだった。目配せと手の動きだけで、次々と作業が進んでいく。

「おい、そこ!」

突然、鋭い声が飛んできた。私が立っていた場所は、網を引き上げるロープが通る場所だった。

「そんなとこ立ってたら危ないやろ。あっちに移れ!」

強い口調だが、私の安全を思ってのことだとすぐに分かった。海の上では一瞬の判断ミスが事故につながる。だからこそ、遠慮のない直球の言葉が飛び交う。

ベテランの船員がすくい網をクレーンで操作する。若手がすかさず位置を調整し、力いっぱい引き上げる。さっき私を叱った船員も、黙々と作業に集中している。

この無言の連携と、時に飛び交う厳しい言葉。それらすべてが、安全と効率を追求した結果なのだろう。 ここが、海のプロフェッショナルたちの職場なのだと、改めて実感した。

クレーンと手作業で引き上げられた大量の魚は、船に装備された魚槽の中に入れられる。幅2メートルほどの魚槽は、あっという間にいっぱいになった。

魚槽に入れられた魚たち

船員はテキパキと陸に戻る準備をする。1時間20分の船の旅を終え、港に着くと船員さんから気遣いの言葉がかかる。

「ご苦労さん、船酔いせんかった?」

「大丈夫でした!」

「船には酔わなんだけど、男酔いしたんじゃないか!」

「うまいこと言うた」という顔をして船員さんはガハハハッと笑う。つられ笑いをしながら、一緒に船を降りた。

このエントリーをはてなブックマークに追加

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。