未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
312

日本で唯一の「揚げ浜式」塩田を訪ねて 能登はやさしや、塩までも

文= きえフェルナンデス
写真= きえフェルナンデス
未知の細道 No.312 |10 September 2026
この記事をはじめから読む

#7「甘い塩」の秘密

時計は、もうすぐ15時を指していた。塩の炊き上がりの予定時刻だ。私は再び、釜屋へと戻った。

釜のなかを覗く。

塩は最初に見たときと、まったく違う姿になっていた。ソフトボールのようだった塩が、八重桜の花のように開いている。さらに時間が経つと、とんがり帽子のような形になった。

それが炊き上がりの合図だという。

炊き始めて13時間後の状態。下の部分がソフトボールのような形になっている
炊き上がり直前の形

太陽と風にさらされた海水が、薪の炎によって、最後の姿を見せている。塩作りの工程はまるでアート作品を見ているようだった。

焚きあがった塩とにがりを取り出す作業。塩は、い出場(いでば)という場所に入れられ、4日間寝かせてにがりを切る
最終工程の検品は、手作業で行われる。ここで目の肥えた「お母さん」たちが待ち構えている

取材を始めてから、3時間。最初は暑くて逃げ出した釜屋なのに、いつの間にか、そこに流れる空気が心地よくなっていた。

浦さんと中野さんが話している。その会話は、職人と社員というより、家族のようだった。中野さんが、浦さんの昔の話をする。

「その日は朝、出勤してきた瞬間から顔がおかしくて。『ねえ、せいじろー大丈夫?』って聞いたら、『寝とりゃ大丈夫』って」

浦さんが笑う。

「ほんなら、そのまま入院」

「なにが大丈夫や、って。本当に」

中野さんは、本当に心配しているように怒る。浦さんは、妹に叱られる兄のような顔をして笑う。

浦さんは、震災前年に脳梗塞で倒れた。幸い、後遺症もなく退院することができたという。

「もう、本当によかったです」と中野さんがいう。

浦さんは頭をかきながら、「これでまた辞めるタイミング伸ばしてもうたな。あちゃー」そう言って笑う。

私は、カメラのレンズ越しにふたりを眺めていた。

500年の伝統を守っている。そう聞くと、もっと厳かで、重々しい世界を想像していた。けれど、ここにあるのは、笑い声だった。 暑い釜屋で汗をかき、薪をくべ、海水を汲み、砂を集める。誰かが倒れれば心配し、誰かが戻ってくれば喜ぶ。そうやって、人から人へ、塩作りが渡されてきた。 最後にあいさつをして塩田をあとにする。

ありがとう、ありがとう、と最後まで見送ってくれる。お土産にと、塩ソフトクリームをくれた。道の駅すず塩田村は、最後まで甘かった。

帰り、海沿いを走る。道路は舗装され、町は動き出している。隆起した海岸の向こうに、日本海が見えた。あの海から汲んだ水が、砂と太陽と風を通り、薪の炎で煮詰められて、塩になる。

なぜ、あの塩は甘いんだろう。

たぶん、海だけのせいではない。風だけでも、太陽だけでもない。その間にいる、人の手があるからだ。

能登はやさしや土までも――そして、塩までも。

このエントリーをはてなブックマークに追加

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。