未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
312

日本で唯一の「揚げ浜式」塩田を訪ねて 能登はやさしや、塩までも

文= きえフェルナンデス
写真= きえフェルナンデス
未知の細道 No.312 |10 September 2026
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#3スチームサウナのような釜屋

茅葺きの釜屋に入る。そこは、まるでスチームサウナのようだった。

薪の香ばしい匂いと、曇る視界。約110度の釜のなかでは塩がグツグツと煮えたぎっている。

なにもせずとも汗ばむ陽気だ。釜屋のなかでは、早送り映像のように汗が噴き出してくる。……息ができない。私は慌てて外へ飛び出し、風にあたった。喉の渇いた犬のように息をする。恥ずかしながら、3分もたたないうちに音を上げてしまった。

浦さんは涼しい顔をして、薪を入れている。

外に出てきて、持っていたコーラを飲んでいる。待っている間、浜士になったいきさつを話してくれた。実は「もともとは運送業だった」という。

浦さんは、塩田村の隣にある仁江地区の生まれ。父親は、塩田村がまだ組合だった時代に、組合長を務めていた。小さい頃から、塩田は身近な存在だった。

高校を卒業し、埼玉で就職した。しかし、3年で引き上げ、珠洲市に戻った。そこからは父親のもとで働いていたが、リーマンショックで仕事がなくなり、運送業に転職した。

2012年のある日、配送中だった浦さんに、床屋を営む友人から一本の電話がかかってきた。そこは、先代の浜士が通っていた床屋だった。

「誰かいい人おらんか」

先代は後継者を探していた。薪などを運ぶため、運転もできる人材がよいとのことで、白羽の矢が立ったのが浦さんだった。

「おい、浜士やらんか」

その一言から、もう14年になる。

釜に薪をくべる浦さん。釜焚きは、塩作りの要だ

「見よう見まねでここまできたから。『潮くみ3年、潮まき10年』と言われるなかでも、釜焚きはとりわけ難しいんじゃないかな。14年たっても、自分ではまだまだやと思うとるもんで。正解がわからんから。でも、食べた人から『おいしい』って言われると、やっとって良かったなあ、と思う」

辞めたくなったときはありますか、そう質問すると「毎回!」と浦さんは目尻にしわを寄せた。

「もう焚くたびに。失敗すれば、自分のせいやから。火加減で味は変わるって言われるし、その時々で気温も違えば、薪の状態で湧く時間も違う。釜焚きは最後の段階で、毎回毎回、真剣勝負。まずけりゃ誰も買ってくれんくなるし、会社がどうなるかもこれで決まるから」

浦さんは、じっと薪を見つめている。その表情は自信に満ちた職人そのものだ。けれど、その背中には、毎回の釜焚きにかかる重圧が乗っている。

浦さんがいま、ここに立っていることは、当たり前ではなかった。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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