
2026年7月某日、正午過ぎ。私は「道の駅すず塩田村」にいた。
この塩田村のある珠洲市外浦地区は、日本で唯一「揚げ浜式製塩」による塩作りが行われている土地でもある。500年近く受け継がれてきた製法だ。
塩作りが行われるのは、4月から9月までの間だけ。この日は、塩作りの工程でいちばんの“要”となる「本焚き」が行われていた。この本焚きの様子を間近で見られるのも、この時期ならではだ。
炎天下のなか、釜屋の外で腰に手をあて、立っている男性がいる。塩作りの職人、浜士の浦清次郎(せいじろう)さん(58歳)である。
「職人」という言葉から想像する寡黙な人物像とは少し違う。釜を見つめる真剣な表情とは裏腹に、おっとりとした口調と目尻にしわを寄せた笑顔が、こちらの緊張をほどいてくれる。浦さんは、釜屋に出たり入ったりを繰り返しながら、火の様子を確かめていた。
浦さんに代わって説明してくれたのは、誘客主任の中野実さん(37歳)だった。コメンテーターかと思うほど、話がうまい。
「昨日の23時から焚きだして、そこから浦は寝ていません。釜焚きは交代制ではなく、寝ずに一晩かけてひとりで焚き上げるんです。途中で仮眠を取ってしまうと、その間に火が落ちたり、逆に焚きすぎたりして、塩の状態が変わってくる。最終的に塩のおいしさを決めるのは、この釜焚きです。塩作りの中でも、一番重要な工程になります。」
本焚きの前に、「かん水」と呼ばれる塩分濃度を高めた海水を、荒焚きで約6時間煮詰める。その作業はすでに2日前に終えていた。それを一旦冷まし、胴桶(どうけ)と呼ばれる巨大な桶でろ過する。再び釜に戻して本焚きが始まる。一連の工程は、およそ16時間。
私が到着した時点で、すでに13時間が経過していた。
残り、約3時間。
その3時間を、私は浦さんと中野さんと一緒に待つことにした。この日の気温は30度。デカビタを飲みながら、“甘い塩”の行方を探ることにしよう。