次の年もまたワークショップの依頼があった。1年ぶりに向かった岩手大学で気づいたことは、校内そのものが十分に面白い、ということだった。学内には幾つかの博物館施設を総合した「岩手大学ミュージアム」があるのだ。そして岩手大学といえば、宮沢賢治が学んだ農学部が有名だ。創建当時の建造物を活かした賢治ゆかりの「農業教育資料館」は、訪ねたことがある人も多いだろう。
だが私のオススメは、知る人ぞ知る「動物の病気標本室」。長い歴史のある農学部がこれまでに集めてきた、哺乳類や鳥類の貴重な病気標本の展示室だ。予約すると、獣医学の教員の説明のもと、見学できる。
「ミュージアム」という響きに気軽な気持ちで予約したのだが、標本室に入ってみてすぐに、これはしまった! と思った。小さな室内にぎっしりと並べられた瓶。そこに詰められた動物達の病気標本は正直いって恐ろしく、癌などの病巣、先天性の奇形など、気の小さい私には直視できないものばかりだったのだ。隣の石井さんも同じように固まっていた。
そんな私たちの気持ちを見透かしてか、農学部の先生はこういった。「哺乳類の病気はどれもほぼ同じ。ここにある動物の病気は、人間の病気と同じなんですよ」
そうか、これは全部、人間の体内にもあり得ることなんだ、と思ったら、幾分心が落ち着くような、かえって恐ろしくなるような、そんな心地だった。
冷や汗をかきながら標本室の外に出ると、夏の日差しがまぶしくて、ホッとした。
ワークショップの依頼はその次の年も続き、8月に盛岡へ行くことは、当たり前になった。毎年受講する学生たちは変わっていくが、授業外に彼らと話をするのも楽しみのひとつになった。積極的に話しかけてくれるのは、美術やデザインの仕事に関心がある学生たち。学内で写真や美術作品の展示を行っている学生もいて、作品を見にきて講評して欲しいと誘われることも何度かあった。
なかでもCちゃんのことは、一見大人しそうなのに、グループワークでは作品コンセプトからぶれない的確な写真を撮っていたので、おもしろい子だなあ、と思って眺めていた。デザインを学んでいたようで、学外で作品を発表するなどの活動もしていたようだ。授業の後も、ちょいちょい交流するようになった。
大学を卒業した後、岩手県内で学芸員として働いていた彼女が、私が住んでいる街の美術館を見に、訪ねてくれたこともあった。そんな彼女とも最後に会ってからしばらく経つ。連絡先はつながっているので、またどこかでひょっこり会えたら良いな、といつも思っている。
桐丘荘の管理人さんはいつの間にか代わり、前にもまして親切なおばさんになった。私たちのことを覚えていて、行けばいろいろと話しかけてくる。たまにしかやって来ない人間を覚えていてくれる、ということは嬉しいことだった。