今でこそ戸隠の竹細工は、「コーヒードリッパー」で話題になることも多い。「根曲がり竹(チシマザサ)」という、真竹に比べると繊維がしなやかな竹で作るので、長持ちし、使えば使うほど滑らかになるそう。竹細工の「コーヒードリッパー」は予約でも手に入りにくい人気商品だ。でも、私が行ったその頃はまだまだ陽の目がそんなに当たっていなかった。
お店に入るとだ~れも居なくて、竹細工の籠やら笊がいささか埃をかぶって重ねられている。でも、そういうお店こそ、実は私の好みだ。思わぬいいものが見つかる。「見せてください~」と大きな声で奥にいらっしゃるだろうお店の人に聞こえるように叫び、籠や笊、ひとつずつ手に取ってはじっくり眺める。
お蕎麦を載せる笊や、小物を入れる籠など、大きさも形も様々で、どれも素朴だ。中で目についたのは、農作業で使う大きな背負い籠。背中いっぱい覆うほどの大きな籠に太い背負いヒモが付いている。昔、こういう籠に野菜をいっぱい積んだお婆ちゃんたちが千葉県から東京・都心に行商に来ていた、なんて言ったらびっくりされるだろうか? 25年前ぐらいまではよく見かけ、野菜やお花、手作りのお饅頭なんかを新宿のど真ん中で買ったりした……なんてことをそのときも私は思い出しながら、にわかに欲しくなって手に取る。
しっかりしていて、思っていたより軽い。値段は8000円ぐらいからあった。欲しい、欲しい。しかし、何に使うのか?これを背負って地下鉄に乗ったら、さぞや邪魔になるだろう。冷静になって棚に戻した。しかし、思い出すに、今もそれが欲しい。今度行ったときこそ、それを買いたいと思っている。


バイトが始まる前、朝方には、お蕎麦屋さんが飼っている犬を連れ、戸隠神社の中社に散歩に行っていた。犬を連れて、と書いたものの、私なんかより犬の方が地元ツウだ。犬に連れられて中社の横に広がる森に迷い込んで祠を見つけたり、お社横の湧水を犬といっしょに眺めたりした。
どこをどう歩いても空気は澄み渡り、深呼吸を一年分ぐらいした。のんびりしながらも、雰囲気が神聖というかなんというか。何かとにかく特別だった。なんでも中社に至る道の少し手前には昔、仁王門が建っていて、そこから上は神さまの領域だという。エリア神さま。そこを犬ととことこ歩いて、それから朝ごはんを食べ、またバイトをした。