未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
167

『旅の思い出』編 過去から甦る建物と生き続けるアートをめぐる旅

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.167 |11 August 2020
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#3爆音の心臓音が鳴り響いて‥‥‥

廊下を進むと、心臓音が爆音で鳴り響く場所があった。ボルタンスキーは長年、人間の心臓音を収集するプロジェクトを行なっており、香川県豊島の《心臓音のアーカイブ》では、約7万人もの心臓音を聞くことができる。だから、いま聞いているこの心臓音も彼が収集したうちのひとつなのだろう。

ドドッ、ドドッ、ドドッ。
ドドッ、ドドッ、ドドッ。

廊下を進むにつれ、心臓音はどんどん大きくなり、最後は耳を塞ぎたいほどの音量になった。薄暗い学校と爆音の心臓音が相まって、ホラー映画に入り込んでしまったような感覚を覚える。
怖い……。けっこう本気で怖いじゃないか。

胸に抱いた娘が泣きださないか心配だったが、娘は胎児のころに心臓音を聞きなれているせいか、ただ心地好さそうにしていた。
その後も白く輝く棺桶らしきものが燦然と並ぶ教室や、実際にこの集落で使われていた古びた品々が集められた小部屋などが続く。
一見すると古い記憶が閉じ込められた学校は、恐怖を駆り立てる装置のようにも感じるが、私はなぜだかこの《最後の教室》がとても好きなのだ。作品と建物のハーモニーが絶妙で、視覚だけではなく、聴覚、嗅覚を通じ、全身に訴えかける独特の体験は、なかなか忘れがたい。この3年後にもう一度見に行ったほどなので、よっぽど好きなのだろう。

同じく「大地の芸術祭」のなかで廃校を利用して作られた「絵本と木の実の美術館」。

ボルタンスキー自身が「学校」という場所に、どのようなイメージを持っているのかは謎である。もしかしたら、具体的な思い出はあまりないのかもしれない。
メディアのインタビューで語ったところよると、彼の父親はユダヤ系で、第二次世界大戦中は2年も床下で生活をしていた。両親は家族が引き離されることを恐れ、戦争が終わっても家族はひとつの部屋に固まって眠りについた。おかげで、ボルタンスキーは学校にも通わず、初めて通りを一人で歩いたのは18才の時だったと語っている。
そんな彼が、作品づくりのために十日町を訪れた日は、雪深い新潟においても記録的な大雪の日だった。彼は、雪の中に深く閉ざされていた古い学校を見つけた。そうして生まれた作品がこの《最後の教室》だ。

越後妻有では星峠の棚田も見逃せない。

近隣には、以前「未知の細道」でも紹介した《夢の家》など、ユニークなアートスポットも多く、美しい棚田や廃校を利用した宿泊施設もあり、わざわざ行く価値のある場所である。

廃校を利用した「秋山郷結東温泉かたくりの宿」。ノスタルジックで居心地がとてもいい。
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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。