未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
283

農業未経験でヘーゼルナッツ栽培に挑んだ男の12年 閑静な住宅街に行列ができる「一度も凍らせないアイス」誕生の舞台裏

文= 白石果林
写真= 白石果林
未知の細道 No.283 |25 June 2025
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#3パティシエを卒業

2年ほど経ったある日、行きつけの飲み屋でジャズクラブのオーナーと出会った。

「彼が『洋菓子店をやりたい』と言うんです。僕も独立したいと考えていたから、『じゃあ一緒にやりましょう』と新しく店を始めることにしました」

長野市内にオープンした「ムッシュ岡田のパンとケーキ リビエール」は瞬く間に繁盛し、4店舗まで拡大した。

多忙を極めた当時、岡田さんの睡眠時間は1時間程度。家にも帰れない状態が続き、唯一の休みである元日でさえも仕込みのため店に出向いた。

「家内とは26歳で結婚しました。でも忙しすぎて、27歳になるまで一度も一緒にご飯を食べたことがなかったんです」

妻・珠実さんとの関係に危機感を抱いた岡田さんは、ある人に相談を持ちかけた。リビエール開店時に機材を仕入れた、食品加工機械を扱う輸入商社の社長だ。

「僕らの結婚式でもご挨拶をいただいたり、すごく面倒見のいい人で、『何かあったらいつでも頼って』と言ってくれていました。だから『社長、離婚の危機です……』と相談したんです」

すると社長が言う。

「わかった。もう手を引きなさい。機械はうちが全部引き上げる」

「え、店を畳んだら僕はどうしたらいいんですか?」

「うちで働けばいい」

商社で働き始めた28歳の頃を、岡田さんはこう振り返る。

「菓子製造機器を扱っていたのでトップパティシエと呼ばれる方たちと会う機会が多く、世界は広いんだと知りました。『ムッシュ岡田』と呼ばれて天狗になっていた自分に気づいたんです。もう自分の店を持つだなんて、中途半端なことを考えるのはやめようと思いました」

岡田さんは“元パティシエの営業”として、取引先の和洋菓子店から信頼を得た。また、18歳で就いたアイス店の店長、パンと洋菓子の「ピクニック 岡田店」店長、「ムッシュ岡田のパンとケーキ リビエール」オーナー、そして営業としてこれまで培ってきた商品開発やマーケティングの知見を活かし、6次産業化プランナーとしても活躍した。

「農家さんを対象に、農産物を加工して商品化するためのコンサルをしていました。店が繁盛すれば加工機械も売れるし、長野の経済も盛り上がりますから」

信州産のそば粉を使った名菓「そばおぼろ」も、岡田さんのアイデアから生まれた商品のひとつ。今や有名百貨店などにも並ぶ人気商品だ。

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