それまで一度も「映画館を作ろう」と考えたこともなかったのに、これ以上ないアイデアに思えた。かつて映画館が7、8館あった大宮だが、2006年に大宮駅東口にあった「ハタシネマ」が閉館してから、長らく気軽に映画を観ることができなくなっていた。
若い頃、「映画のなかには人生がいっぱいある」と感じていたように、映画館は多彩な価値観に触れることができる場所だ。映画は楽しみでもあり、学びでもあり、たくさんの気づきを得られる。マンションだらけで無機質になっていく地域に映画館を作るのは、意味と価値のあることだと思うようになった。なにより、自分が経営する映画館に息子が帰宅する日々を想像すると、胸が温かくなった。義父も、このアイデアに快く賛同してくれた。
「義父は、近所の人たちと仲良く暮らすのがいいよね、みんなが平和に暮らせたらいいよね、という穏やかな人なんです。だから、ここにそうやって人が集まってくれたらすごく嬉しいねと言ってくれました」
ここから、今井さんは映画館作りに向けて力強く動き出す。それはまるで、記録達成を目指すスイマーのようだった。
25歳で独立してから設備工事の仕事を続けていた今井さんに、映画業界の知識はない。とっかかりを探そうと検索したら、埼玉県深谷市にある深谷シネマの支配人、竹石研二さんにたどり着いた。プロフィールには、50歳の時、映画で町おこしをしようと思い立ち、商店街での上映活動から始めて、映画館を作り、さらに、そこが区画整理の対象になって酒造跡に移転したことが書かれていた。奇遇にも、今井さんはその時50歳だった。
「共通点が多くて、面白いなと思ったんですよね。それで深谷シネマを訪ねて、竹石さんに『実は大宮にミニシアターを作ろうかと思って』と伝えたら、事務所に通されて。話をする前から竹石さんが泣いていて、驚きました。ずっと浦和や大宮に深谷シネマのような映画館ができないかと思っていたそうで、『いつか、そういう人が来るんじゃないかと思ってた』とすごく喜んでくれました」