
石川県珠洲市
能登半島地震から2年半。石川県珠洲市の沿岸は、いまも地震の影響が色濃く残る。崩れたトンネルを避けて、隆起した海岸に敷かれた道を進む。その先には、500年近く変わらぬ製法で塩を作り続ける場所がある。「道の駅すず塩田村」だ。そこで出会ったのは、癖になる塩の甘さと、同じくらい癖になる人々の姿だった。
最寄りのICから【E41】能越自動車道「氷見IC」を下車
最寄りのICから【E41】能越自動車道 「氷見IC」を下車
車で走っているのは、以前、海だった場所だ。
国道249号を金沢方面から珠洲市へ向かう。トンネル崩落などを迂回するため、もともと海だった場所に仮設の道路が通されている。海岸が最大80メートルほど迫り上がり、かつて波の下にあった場所が、そのまま陸になっているのだ。
工事中の道路を抜けた瞬間、日本海が顔を出した。一面に青が広がる。
海に沿って進んだ先に、モダンな建物が見えてくる。「道の駅すず塩田村」だ。日本で唯一残るとされる「揚げ浜式製塩(あげはましきせいえん)」による塩作りが、いまも行われている。「揚げ浜式製塩」とは、砂の上に海水をまいて太陽や風で水分を蒸発させ、塩分を濃縮させる伝統的な製塩法だ。
最後の晩餐でなにが食べたい? この質問に、いまの私はこう答える。
揚げ浜式の塩で握った、梅干し入りのおにぎり、と。
この塩は、「甘い」。もちろん塩なので、砂糖のような甘さではない。塩の味の奥に、甘みが隠れている。そのまま舐めてもおいしい。スペイン人の夫はこの塩を「これは塩とも呼べるし、おかずとも呼べる」と言う。この塩を使って料理をすると、料理上手になった気になる。
その人気はすごい。「道の駅すず塩田村」のオンラインショップでは、毎月10日にひとり3個までという購入制限を設けて販売される。50グラム500円。手のひらに乗るくらい小さな袋に入った塩は、販売開始からわずか15分で完売するという。
石川県民にとって、「塩といえば奥能登」というのがデフォルトだと思う。能登で育った私にとっても、そうだった。奥能登とは、珠洲市をはじめとする能登半島の先端部一帯を指す。
けれど、私はこの日まで知らなかった。揚げ浜式製塩のおいしさの秘密も、奥能登の塩があんなにも特別だということも――。
遡ること、元禄時代。ひとりの武士が能登を旅した。武士の名は、加賀藩・浅加久敬(ひさのり)。行く先々で受けた人々のもてなしに心を動かされた浅加は、旅の日記にこんな一文を残している。
「能登はやさしや土までも」
能登の入口、宝達志水町で育った私は、「能登は奥に行けば行くほど、人の温かさも濃くなるよ」と近所のおばちゃんから聞いたことがあった。その時は、そうなのか、くらいにしか思っていなかった。珠洲へ向かう途中、その言葉を思い出していた。