家のなかでは、お待ちかね、ノンの成形が始まっていた。
小麦粉とバター、砂糖と塩に加えて、ひよこ豆のパウダーが入っている生地は、シェルさんの実家のレシピ。中央アジア出身のお客さんが多いため、日本人の好みに合わせて味を変えたりはしていない。それゆえに「本場の味」として人気なのだ。ただ最近では、小麦粉不耐症の人に頼まれて「スペルト小麦」という特別な小麦でノンを焼くこともある。
「サムサもそうでしたが、お客さんから作って欲しいと頼まれて作り始めたものも多いですね。販売してみたら、意外と需要があって驚きます」
私の質問に答えながらも、慣れた手付きで大量のノンを作っていくシェルさん。1枚300グラムにもなる大きな生地を丸く整えて、「チェキチ」と呼ばれる型で模様を入れる。現地では家紋のようにお店ごとに違うチェキチを使ったり、豪華な装飾にしてその分高く販売したりするそうだ。
主食であるノンの生地にはイーストが含まれているので、シェルさんにしてみればノンは「ふわふわ」しているという。ただ日本人が想像する「ふわふわ」なパンのような感じではなく、ずっしりと中身の詰まったパンだ。
「だって、日本のパンみたいにふわふわだと食べた気にならないでしょう」とシェルさん。
たしかに主食としてしっかりとお腹を満たすには、ふんわり軽いパンよりも、小麦がたくさん食べられるしっかりしたパンが良い。主食のお米がポン菓子のように軽かったら食べた気がしないかも、と自分の食事に置き換えて考えてみる。
「向こうでは、ひとりでひとつのノンを食べちゃいますね。日本人が食べ切れるように、ミニノンも販売していますよ」
ノンが焼き上がると、シェルさんが窯から取り出したばかりのものをひとつ分けてくれた。ついに、憧れのノンをほおばるときがきたのだ。しかも焼きたてホヤホヤ!
口に含んだ瞬間に、ひよこ豆やスパイスの香りがふわっと広がる。ふかふかのノンは想像以上に噛みごたえがしっかりとしていた。これが、中央アジアの人々の生活に馴染んだノン。味と香りと食感。これまで映像や本のなかでしか知らなかった中央アジアが、一気に近くなったような気がした。
シェルさんのおすすめの食べ方は、オリーブオイルと塩。ぎゅっと中身の詰まったノンに、オリーブオイルが染み込んで食べやすくなる。ちょっと辛めのトマトソースなどもよく合うそうだ。また他のパンと同様にバターやジャムを塗って食べても、スパイスの香りがあることで新しい楽しみ方ができるだろう。味がついていてこのまま食べてもおいしいので、中央アジアではスープと一緒に食べることが多いという。
これだけたくさんの楽しみ方ができるノン。ああ、持ち帰ってどの食べ方も試してみたい!