ある日曜日の朝、私は大通りに面した一軒の家を訪れた。
日本中にいる中央アジア人のためのパンを作る場所。大きな工場のようなベーカリーを想像していたが、目の前でパン生地が練られていくのは、シェルゾッドさん(通称シェルさん)と香織さんが家族と暮らす家の1階にある小さな工房だ。パン生地を乾燥させないように、キッチンのガスコンロでは常にお湯が沸騰していた。
「お店で売るのは、ほんの一部なんです。工場直売所のようなもので、近所の人がふらっと買いに来るような感じ。ここで作っているほとんどのパンは、全国で待つお客さんへ郵送する分なんですよ」
キッチンで手を動かしながら答えてくれる香織さんに発送範囲を聞くと、北海道から沖縄まで文字通り日本全国! 香織さんによれば、現在日本には、6000人弱の中央アジア人がいる。日本に定住している人の他に、大学や日本語学校に通う留学生も多いそうだ。お正月に故郷の味が恋しくなったり、イスラム教の断食月「ラマダン」の日没後の食事では特に注文が増えるという。確かに、私も海外に行くとまず恋しくなるのは白米だ。それほど、ノンやサムサは中央アジアの人々にとって欠かせないものなのだ。
お客さんのなかには、日本人も多い。中央アジアを旅行で訪れた人や、仕事で滞在していた人、なんらかの形で中央アジアの食事と出会い魅了された人たちが、定期的に彼らのパンを注文する。
「これからサムサ、焼きますよ」
窓の外からシェルさんが声をかけてくれたので、掃き出し窓から外へ出る。暖かかった部屋とは対照的に、早朝の冷たい風が顔に当たり、思わず首をすくめた。