シェルさんがノンを販売するきっかけになったのが、あるSNS投稿だ。ノンを贈った友人が「ノンを無事に受け取りました。ありがとう!」という投稿を写真と共に載せたのだ。それをきっかけに「日本でノンを配送してくれるところがあるらしい!」と、中央アジア人の間で話題になり、注文の連絡が殺到したという。急いで値段を決めて販売し始めたのが、3年前だ。
当初、日本在住の中央アジア人からの注文に対応することを考えていた香織さんは、ウズベク語とロシア語で販売していた。ところが、思わぬ人たちからも注文を受ける。
「Google翻訳を駆使して、ロシア語で注文してくれる日本人が現れたんですよ。まさか日本人に需要があると思っていなかったから、すごくびっくりして。日本人もお客さんになるんだったら、ちゃんと仕事になるのかもしれない、とそのとき初めて思いましたね」
当初、香織さんは会社員として働きながら毎晩パンを作り、梱包や発送をする生活をしていた。しかしどんどん増えていく発注に、ついに会社を退職。2018年7月に、家の前にSilkroad Bakery SHERをオープンした。
シェルさんの実家と同じ、大通り沿いの誰でも入れるパン屋。取材した日にも、何人ものお客さんが代わる代わる訪れ、中央アジアのパンを買っていった。
「パン屋って、黙ってパンを選んで買っていく人が多いと思うんですけど、この店はみんななぜか『こんにちは』って入ってくるんですよね」
そう言われてみると、民家の軒先にある小さなパン屋はなんだか家にお邪魔している感覚になる。「鶏肉のパイサムサが気に入って」と隣町から通う常連さんも、ウズベク語の相談をしたり、おもしろいイベント情報を聞きに来るお客さんもいる。きっと突然の来客と会話を楽しむキルギスのパン屋さんもこんな風景なんじゃないだろうか、と接客する香織さんを見て思った。