シェルさんの話を聞くうちに、サムサが焼けてきた。肉の焼けるいい匂い! 窯を開けると、ジュージューと肉汁が溢れ出るサムサが、見事に窯に張り付いたまま焼き上がっていた。ああ、窯の底に垂れていく肉汁がもったいない……。
シェルさんが鍋のような受け皿を片手に、長い棒でサムサを剥がしていく。焼きたてをその場でひとつ、食べさせてもらった。割ったサムサから出てくる肉汁と湯気。少し固いくらいのカリッとしたパン生地がジューシーな肉汁でやわらかくなっている。羊肉独特の風味と玉ねぎの甘さが、あまり日本のパンにはない味わいだ。
まさか、真冬の早朝に、春日部の民家の前でサムサを食べる日が来るとは思ってもいなかった。
「現地でもね、このくらいの寒いなかで焼きたてを食べるのがうまいんですよ」
お客さんのなかには、このサムサが食べたくて早朝から店の前で待つ人もいるそうだ。たしかに、ここで焼きたてを食べるのは最高の贅沢だと感じた。
「食べると肉汁で手が油っぽくなるでしょ。香織に言われて初めて気が付いたんだけど、現地の人たちは、みんな手に塗り込むんですよね。乾燥しているからなのかな。香織は向こうに行くたびに気になるみたい」
シェルさんがおかしそうに言った。日本だったらおしぼりやティッシュが出てきそうだが、そんなエピソードも中央アジアを感じさせる。せっかくなので、私も乾いた手の甲に油を塗り込んだ。