案内された先で出迎えてくれたのは、入社10年目の飼育員・二川原美帆さんだ。ホッキョクオオカミが那須どうぶつ王国にやってきたその日から、彼らの飼育を担当し続けてきた。
動物が好きで、子どもの頃から“動物に関わる仕事がしたい”と思っていた二川原さんが飼育員を目指すことを後押ししたのは、当時放映されていたテレビ番組「志村動物園」。「ちょっと不真面目な理由なんですけど……」とはにかみながら、「飼育員になったら、いつか相葉くんに会えるかなって思って」と教えてくれた。その夢は、やがて中継というかたちで叶うことになったそう……!
那須どうぶつ王国では、2020年に国内の動物園で初めてホッキョクオオカミの飼育をはじめた。
その原点には、1冊の本がある。シートン動物記の『オオカミ王ロボ』。前園長・佐藤さんの愛読書だ。
「雪が降る那須高原なら、ホッキョクオオカミの生息環境に近い展示ができるはず」
そう考えた佐藤さんの思いをもとに計画が動き出し、ホッキョクオオカミははるばる海を越えてドイツから日本にやってきた。
環境の変化に戸惑い、人に対して強い警戒心があったオオカミたちから信頼を得るまでには、1年以上の時間を要した。
「ヨーロッパの動物園では広い敷地内で人と距離を保って暮らしていて、人と関わることに慣れていなかったようでした。獣舎の収容に何時間もかかることもあって、信頼関係を結ぶために、とにかく『ごはんをくれる人』として覚えてもらうようにしました。まずは、獣舎に入ったらごはんがもらえるという流れを覚えてもらうところから、少しずつ慣らしていきました」
そして、飼育員と少しずつ信頼が芽生えはじめたころ、シンラの妊娠が確認された。
「ホッキョクオオカミの繁殖は、前園長が心待ちにしていたことです。でも、妊娠がわかる1週間前に亡くなってしまったんです」
報告することが叶わないまま、ホッキョクオオカミの飼育実現をけん引した存在がこの世を去ってしまった。二川原さんたち担当チームは、オオカミの繁殖経験があるほかの動物園に問い合わせて情報を集めながら、なんとか準備を進めた。前例がなく頼る存在もいない。すべてが手探りだ。
担当チームでは、出産前に決めていたことがある。それは「たとえ子どもが死にかけたとしても、人工保育には切り替えない」ということ。群れで生きるオオカミは、人に育てられたら二度と親の元には戻ることはできない。命を救えたとしても、それは本来のオオカミとしての生き方を奪ってしまうことになる。「まずは母親のシンラにまかせよう……」そう、チームは覚悟を持って見守ることに決めた。
そして迎えた出産の日。飼育室の鍵を開けようとしたそのとき、中からかすかな鳴き声が聞こえてきた。
「一緒にいたスタッフと思わず顔を見合わせました。鍵を開ける手を止めて、ふたりで『ふうーーっ』って大きく息を吐いてからそっとなかの様子をうかがいました」
モニターに映ったのは2頭の赤ちゃん。通常、オオカミは5~6頭を出産することが多いため、喜びよりも先に「産み切れていないなら危険かもしれない」という不安がよぎった。それから3日が経ち、ようやく母親のシンラが落ち着いたころ、2頭の出産であること、そして赤ちゃんが無事であることが確認できた。
「シンラは、もともとわがままでお嬢様みたいな性格なんですが、お母さんになって見違えるように変わりました。授乳もしっかりできて、初めてとは思えないくらい上手に子育てをしていて驚きました」
体重測定の際も、細心の注意を払った。人の匂いが赤ちゃんにつかないよう、手袋にはあらかじめ親の糞の匂いをすり込んでおく。万が一、異物と判断された場合、母親が育児を放棄する可能性があるからだ。 赤ちゃんたちは順調に育ち、二川原さんのスマートフォンのカメラロールは、2頭の写真でいっぱいになった。