「正直、あのときは大変だったとしか言えないです……」
順調に育っていると思われていた矢先、オスの子の体調が急変した。動物園が一般公開日を発表してから、わずか数日後の出来事だった。
もちろん、飼育員たちは体調の変化に誰よりも早く気づいた。「人工保育はしない」という方針と命の危機。そのはざまで、何度も話し合いが行われた。最終的に「まずは命を助けよう」という判断を下し、懸命な治療が施されたけれど、願いは届かず小さな命は旅立った。
「ずっと成長を見守ってきたからこそ、本当にしんどかったです。それ以上に、『まわりの期待を裏切ってしまったのでは』という思いがなによりも苦しかったですね。“日本初”という肩書に私はそれほどこだわってなかったけど、双子のホッキョクオオカミの誕生を喜んでくれた方たちをがっかりさせてしまったのでは、悲しませてしまったのではないかって……」
SNSにもさまざまな声が寄せられた。なかには心ない言葉もあった。「もっとなにかできたのではないか」という後悔は、今も胸に残っている。
それでも、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。「真白は絶対に成長させよう」と、チーム全員で気持ちを切り替えた。歩行にふらつきが見られるなど心配もあったが、真白は無事に育ってくれた。
「真白が生まれて1年経って、ようやく気持ちも、オオカミたちの暮らしも落ち着きました。今だからこうしてあのときのことを話せます」
その言葉に、二川原さんがどれだけ真剣に真白たち親子に向き合ってきたかが伝わってきた。
「飼育員として10年やってきて、楽しいこともつらいこともたくさん経験しました。これからは、動物のことをもっと多くの人に伝えられるようなことができたらいいなと考えています。彼らがよりよく生きれるように、動物福祉についてもっと広めていきたいです」そう言って笑う二川原さんは、清々しい表情だ。
動物たちと接している時の彼女は、とにかく生き生きとしている。こうやって、愛情をもってお世話してくれる飼育員さんたちがいるからこそ、私たちは動物園という空間をめいいっぱい楽しむことができるのだ。
インタビューのあと、二川原さんと一緒に「オオカミの丘」へ向かった。 アザリーとシンラは、二川原さんの姿を見つけるとスクッと立ち上がり、まっすぐこちらへ寄ってくる。一方、真白はというと、名前を呼ばれてもどこ吹く風。まるで聞こえていないかのように素通りしていった。