未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
283

農業未経験でヘーゼルナッツ栽培に挑んだ男の12年 閑静な住宅街に行列ができる「一度も凍らせないアイス」誕生の舞台裏

文= 白石果林
写真= 白石果林
未知の細道 No.283 |25 June 2025
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#5訪れた人生の転機

ヘーゼルナッツとの縁が再び繋がったのは、「はしばみフィナンシェ」と出会ってから22年後、食品加工機械を扱う輸入商社で働き続けて50歳になる頃。

「Bean to Bar(ビーン トゥ バー)」という、カカオ豆からチョコレートになるまでの全工程を一貫して行う加工技術を学びに、イタリアのトリノを訪れた時のことだった。

ある冬の日、研修先の会社の社長が「山の上のおいしいトラットリアでランチをしましょう」と誘ってくれた。

車で1時間かけて山道をのぼる。窓の外を見ていると、車道の両脇一帯に見知らぬ木が立ち並んでいた。

「なんだか、りんご畑が広がる長野みたいな風景だ。でも見たことのない木だな……」

トラットリアの駐車場に到着し、通訳に聞いてみた。

「これはなんの木ですか?」

「世界で一番おいしいと言われているピエモンテ産のヘーゼルナッツの木ですよ」

世界一と聞くと「ナッツの味にそれほど差があるのだろうか?」と疑問を抱く人もいるかもしれない。しかし一流のパティシエなら、香りだけで産地がわかるほど明確な差があるという。ピエモンテ産ヘーゼルナッツは、渋みが少なく、甘みがあるのが特徴だ。

岡田さんは衝撃を受けた。南国でしか栽培できないと思い込んでいたヘーゼルナッツが、雪の中で根を張っている。それなら同じような気候の長野でも、きっと栽培できるはずーー。

すぐさま携帯電話を取り出し、目の前の風景を動画におさめた。その動画にはこんなナレーションが入っている。

「これが世界で一番おいしいと言われるピエモンテのヘーゼルナッツです。雪の中でも元気にスクスク育ってます。リンゴやブドウは、他県が生産を伸ばしています。それらに変わる特産物を考えていきませんか。ヘーゼルナッツは長野にピッタリだと思います」

岡田さんは「すごい土産ができた」と胸を熱くしながら、日本へ戻った。

店舗の隣に広がるヘーゼルナッツ畑。
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