市内を南北に通る大通り、「けやき通り」にでた。
ここも踏切があった場所だ。建物と道路の間には不自然な段差もあり、「線路跡地をそのまま利用したと推定できますね」と正木さん。
けやき通りを渡り、さらに進んで次の大きな道路を渡ると、飲み屋などの飲食店が細長く密集するエリアが出現する。この付近を実際に現代の地図を拡大して見てみよう。細い2本の道に挟まれた細長い土地が、この地点から国道6号まで約500メートル続いているのがわかる。つまり軌道の跡地で、廃線後に用地転用されて、駐車場や建物が建てられたのだ。
さらにまっすぐ進むと、先ほどの菓子店と同じように、当時の写真にも鉄道と共に写っている蕎麦屋(現在は閉店)の建物が見えてくる。ここが天王町踏切だ。 天王町踏切を超えると地面に一箇所、H鋼(H型の断面の鋼材のこと。建築や土木に使われる)のような金属の断面が見えるポイントがある。H鋼によく似ているが、よく見ると左右非対称で「H」ではない。これは鉄道のレールの断面だ!
おそらく廃線となった鉱山電車のレールを骨材として再利用したのだろう。鉄道の遺構がまったく残っていない日立市において、まちなかで実際の鉄道の一部が見られる貴重なポイントだ。
振り返ると、日立シビックセンターのプラネタリウムのドームが遠くに見えた。
「第一踏切」の跡にたどり着いた。「ここも現在の風景と古い写真を見比べると線路が通っていたことわかるポイントです」と正木さん。時々みんなで立ち止まって、線路跡を振り返り、写真資料と地図を確認しながら進んで行った。