6号国道に出た。ここが6号国道踏切跡だ。起点となる日立駅前からここまで約2キロの線路跡を歩いてきたことになる。渡ってさらに進むと、すぐに大きな工場の前に辿り着いた。地元の人たちからは「電線工場」と呼ばれている。電線工場の外周に沿って、線路跡はここで大きくカーブを描き、北上する。当時は工場内への引き込み線もあったという。


そのまま進んでいくと、日立市役所のすぐ手前で、はっきりと鉄道の遺構と確認できる場所にたどり着いた。それが鉱山電車の築堤(堤防を築くこと、または築いた堤防のこと)跡である。距離は短いが、しっかりと鉄道の築堤だとわかる形状で、実際にここを鉱山電車が走っていったのかと思うと、なんだか感慨深い。
さらにここでは日立市の石灰石鉱山の産業遺構も確認できる。セメントなどの原料となる石灰石を日立駅近くまで運んでいたセメント工場のベルトコンベアの遺構である。数年前から使われなくなってしまったが、日立は銅以外にも、近年まで石灰石や硫化鉄鉱を産出しており、文字通り「鉱山」の街であったのだ。

