

2017年に建て替えられた日立市役所の駐車場を通り、市役所脇の階段を上る。鉱山電車の線路跡は現在の市役所の敷地内を通り、さらに諏訪台切通と呼ばれた箇所を通って北上していく。しかしその切通は再開発により整地されて、今はなくなってしまった。
またはこの市役所と駐車場は、かなり高低差のある土地を利用、整備して作られている。土地の高低差とともに、いまある近代的な市役所からも、ここを鉱山電車が走る姿が想像しにくいのだが、田切先生は「そうですよ、ここを走っていたんですよ」とにっこりして言った。
鉱山電車が走っていた当時から、すっかり景色が変わってしまったという諏訪台切通しの周辺で、いまもなお昔の面影を残している小さな場所がある。それが「桜塚」だ。ここには古い桜の木が植えられている。現在も日立市は桜が美しい街として知られているが、その昔、日立鉱山の4代目の所長であった角弥太郎という人物が、市内に多くの桜を植えたという。それを顕彰した石碑が建てられたのが、ここ桜塚なのだ。春になるとこの辺りは桜が咲いて、遠くから見ても美しかったという。この場所を整備しているグループ「桜塚守り隊」のメンバーである下山田幹子さんが合流して、ここの歴史を詳しく説明してくれた。
ここまで約3キロの道のりを歩いてきた。下山田さんに見送られ、さらに線路跡を北上する。だんだんと製錬所がある山間部へと近づいてきたのがわかる!

