

諏訪台を下り、「芝内停留所」を目指して、どんどん歩く。わたしたちが歩いている線路跡はかなり高い位置にあったが、数メートルほど下り、やがて県道36号と合流した。
ここでも立ち止まって、正木さんや田切先生とともに、資料の古写真と現在の道路の位置関係を確認しながら、軌道跡を推測する。


芝内停留所は、町の人々からはいまも「山手工場」と呼ばれる大きな工場の前にあった停留所である。山手工場は1910 年から稼働する日立製作所の創業の地だ。助川停留所とともに、ここ芝内停留所も工場で働く人など、多くの人々が乗降した場所なのだ。線路は分岐し、構内に入る引き込み線もあったそうだ。


山手工場をあとに、県道36号を進む。すぐ左手に現れる歩道橋を渡る。その後にすぐまた、線路跡が見えてくる。


「当時の線路は歩道橋の踊り場と同じくらいの高さがあったでしょうね、かなり高い」と田切先生が、正木さんと位置を確認し合う。左手に続く、道路よりずっと高い位置にある線路跡は藪の中に埋もれてしまっている。それを見ながら私たちはさらに進んでいった。