未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
303

理科の沼にハマる人続出! 学びの扉をひらく世界一小さな科学館「理科ハウス」

文= 藤本ゆう子
写真= 藤本ゆう子
未知の細道 No.303 |27 April 2026
この記事をはじめから読む

#5科学館をつくる

森さんは2001年から、「地域科学館連携支援事業」の委員に加わることになった。年に数回集まる委員会で、全国の科学館から寄せられるアイデアに目を通し、学校との連携をどう進めるか、限られた予算でなにができるかを考えた。各地の科学館が抱える悩みや工夫に触れ、どんな科学館がいいか思いを巡らせたという。

このときはまだ、自分が科学館をつくるとは夢にも思っていなかったそうだが、森さんの人生は思いがけない方向へ大きく動き始める。夫が48歳の若さで亡くなったのだ。さらにその後、自身の父親も亡くなり、悲しみのなかで慌ただしい時間を過ごした。

この頃、夫が遺した多額の遺産を相続した。そのお金は、夫が父親の森一郎から受け継いだものだった。1967年の発売以来、1500万部を売り上げた大ベストセラー『試験にでる英単語』の著者である。

森さんから発せられた聞き覚えのあるタイトルに、一瞬思考が止まる。次の瞬間、高校時代の記憶が押し寄せてきた。私も持っていたあの参考書――通称「でる単」だ。

森さんは夫が遺してくれた大切なお金をどうすべきか、とても悩んだ。3人の子どもたちに残すこともできる。しかし、夫を亡くし、自身は仕事から離れていたため、なにかしたいと考えた。

ある日、ふと「科学館をやろう」と思いついたという。「地域科学館連携支援事業」の委員として科学館のあり方に触れた経験は大きかった。さらに、自身の祖父の資料が手元にあり、多くの人に知ってもらいたいという気持ちもあった。

森さんの祖父は、物理学者であり歌人でもある石原純だ。明治から大正時代に国費留学生としてヨーロッパに渡り、あのアインシュタインのもとで学んだ人物である。1922(大正11)年にアインシュタインが来日した際には、通訳も務めた。

留学時代の石原純(中央)。(画像提供:理科ハウス)
このエントリーをはてなブックマークに追加

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。