『なるほどの森』は1994年から2001年の間に60号まで発行された。当時、インターネットが広まり始めたばかりで、教育向けのコンテンツはほとんどなかった。学校でも使い方を模索するなか、教育現場への普及を進めるため、全国から100のモデル校が選ばれた。森さんのパソコン通信仲間のひとりに、そのモデル校の先生がいた。
先生は『なるほどの森』を読み、「これ絶対いいよ!」とインターネットに載せてくれた。Web版『なるほどの森』の誕生である。掲載が始まるとまたたく間に広まり、理科の先生や科学関係者に森さんの名前が知られることになる。今であれば「バズった」と表現できる状況だ。パソコンメーカーの新聞広告で大きく取り上げられたこともあるという。
自ら親子向けの実験教室を公園や公共施設で開催するなど、森さんの活動の場も広がった。教科書会社から依頼され、理科教材の執筆に携わったこともあるという。
さらに、日本科学未来館を運営する科学技術振興事業団(JST、現・国立研究開発法人科学技術振興機構)から、「地域科学館連携支援事業」の委員に声がかかる。地域の学校と科学館をつなぐための取り組みだ。