未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
304

住宅地に突然現れるアメリカンなドーナツ店 1日4000個が売れるまでの、父と息子の物語

文= 竹田りな
写真= 竹田りな
未知の細道 No.304 |11 May 2026
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#5日の目を見なかった45年

1978年、ハッピードーナツをオープン。茂原駅前に商業施設「ジャスコ」が開業するタイミングと重なり、出店する機会に恵まれた。アメリカで食べた本場のドーナツに負けない味を作ると決め、日本人向けに甘さを調整した。

「最初から順調だったんですか?」と聞くと、「そんなわけないよ、1万円いかない日もあったんだから」。

当時、ドーナツを揚げるフライヤーには、自動のタイプと手動のタイプの2種類があった。お店で使用していた手動のタイプは起動時のコストの関係で途中で止めることが難しく、長時間作業を続ける必要があった。

「その頃の睡眠時間は3時間くらいだったかな。親なのに、息子のことはぜんぜん知らなかったよ。帰ってきたらもう寝てるでしょう」

スーパーで催事販売をしたこともあった。売れ行きは悪くないものの、手数料が取られ、売り上げは伸び悩む。

今から10年ほど前にも、ガクッと売り上げが下がってしまった時期があった。コンビニドーナツがブームになっていたことによる影響もあったのかもしれない。当時を知っているスタッフの間では、「あんなに売れなかった頃もあったのにね」という思い出話がいまだに出るほどだ。

「売れない時期は辛かったね。売れなくても材料を仕入れるから、代金を支払うでしょ。でも売れなければ、材料は減らなくて在庫が残る。あんまり長期で売れないと、悪くなって使えなくなるわけ。そういう悔しい思いをしたことが何度もある」

数回の移転を経て、今の場所に店舗を構えたのは、まさに売り上げが低迷していた10年ほど前。SNS映えを狙った外観なのか気になって尋ねると、アメリカ好きから始まった利明さんの趣味なのだという。アメリカで見たものをベースに自身でデザインしたものも多いそうだ。今でも100円ショップなどで素材を集めては飾りを作ったり、フィギュアを貼ったりしている。

  • お店に併設している駐車場。
  • ここで写真を撮っているお客さんもいた。

過去には「大手のドーナツショップの真似をしている」と言われたり、やりたいことに真っ直ぐ向き合うあまり、周囲から距離を置かれたりすることもあった。それでも利明さんは諦めず、本場で見て学んだドーナツの味と、自分の「好き」を貫いた。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
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