————本人を変えるんじゃなくて、周りの環境を変えよう————
これは、言うは易しだけど、行うは難し、まあまあ突飛な発想である。だって、世の中はそういう風に動いていないのだ。
しかし、とし江さんにとっては、それは当たり前の考え方だった。それを教えてくれたのは、とし江さん自身の弟さんである。
「弟はダウン症で、重い障害があり、生まれた当初は20歳まで生きられないと言われていました。弟が若い頃に入っていたのは大規模な施設でした。そこでは、とにかく弟がそこのやり方に合わせるしかなかった。でも、そもそも、弟が望んでそこに入ったわけじゃないんです。私たち家族の都合で弟はそこにいるだけ。そう気がついたあと、弟は家に戻って家族と一緒に暮らすことになったんだけど、それはそれで大変でした」
それからというもの、とし江さんは、弟さんが心地よく過ごせる居場所を作ろうとグループホームを立ち上げたり、シェアハウスを始めたり……、人生をかけて試行錯誤するなかで、自らNPOを立ち上げて、障害のある人々がゆっくりと過ごせる地域活動支援センターなども運営してきた。
「おかげで20歳まで生きられないと言われた弟ですが、60歳まで生きることができました。最後はシェアハウスで幸せに過ごすことができたかな、そう思いたいんです」
その長年の確かな経験が、「いつだれ kitchen(キッチン)」の哲学につながった。他の人たちも賛成だった。
「実験としてやってみたらおもしろいよね。福祉事業所とかじゃなくて、いつでもだれでも、悩みすらも持ち寄れる場を作ろう、ということになりました」(猪狩さん)
話を聞きながら、わあ、すごい、ほんとにすごいですね、と感動しっぱなしの私が言うと、猪狩さんは、わはは! と豪快に笑った。
「俺と中崎さん、吉田さんの3人は“突飛アイディア系”なんですよ!」