仙台に戻るまでに半年かかったが、その間も仕事は続け、震災から2カ月後のゴールデンウィーク明けには『仙台学』11号を刊行することになった。そのいきさつはこうである。
山形に身を寄せてからは、東京の出版社から取材依頼が次々と舞い込んだ。しかし、被災地の遺族の声をインタビューしてきてほしいという依頼にはすべて断った。口外はしていなかったが、一緒に避難してきたアルバイト社員が津波で家族を亡くしており、そのようなことは到底考えられなかった。
「『いや無理無理無理無理!』と言ってぜんぶ断っていたのね」
その頃、ある編集者からこう言われた。
「土方さん。取材なんか行かなくてもいいじゃないか。 今まで全国の被災地を取材してきて、今、自分が被災者になって、今の土方さんが何を思うのか、それを書いてよ」
その言葉に背中を押され、自分の視点で原稿を書いた。そして東北在住の作家や評論家たちにも声をかけ、「今、被災地で当事者として何を思うか」を寄稿してもらい、『仙台学』としてまとめた。それは刊行前から話題となり、注文が殺到。続けて第二弾も出版された。この時の『仙台学』はのちに世界中で読まれ、海外メディアからも多数取材が来ることになる。
東日本大震災は土方さんにとって、それまで取材する側だった自分が「被災者」であることを突きつけられた出来事であり、同時に「書き手」としての役割を改めて引き受けるきっかけとなったのだ。2012年には、被災地での出版活動が評価され、出版社を対象に顕彰する賞である出版梓会「出版文化賞」を受賞する。
これをきっかけに母校である東北学院大学から地域に密着した出版物制作の依頼を受け、大学の事業として『震災学』と題する雑誌の刊行を開始した。『震災学』はオックスフォード大学やハーバード大学からも日本研究の資料として購入され、広く読まれている。
その後『震災学』は、自然災害だけでなく戦争や日常生活の破壊など幅広い被災体験を扱う『被災学』としてリニューアル。被災者の生活再建や体験の記録を継続的に発信する媒体として、現在も出版を続けている。
出版活動はもちろん震災関係だけではない。直木賞作家の熊谷達也さん、本屋大賞を受賞した伊坂幸太郎さん、2022年に芥川賞を受賞した佐藤厚志さんなど、仙台在住の人気作家たちの編集や出版も数多く手がけているのだ。
さらに2018年から荒蝦夷は、地元の新聞社、出版社とともに「仙台短編文学賞」を主催している。東日本の被災地から新たな作家の発掘と育成を図ることを目的として創設されたものだ。