未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
288

編集者兼作家が仙台で古書店を開く理由 生業は本の一生に関わることぜんぶ

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.288 |10 September 2025
この記事をはじめから読む

#6本のすべてを知る男、古本屋を始める

仕事場にある古書。18世紀に出版されたイギリスの本だ。

土方さんが出版社「荒蝦夷」を経営しながら「古本あらえみし」を始めたのは、2019年のことである。

「歳も歳だしね。子どももいないし、出版社だけじゃなくて、もうそろそろ片を付けるとか、自分の人生に落とし前をつけることを考えなきゃいけない年齢でもあるんですよ」と話す。ちょうど仕事や生活を見直す時期だったという。

一番のきっかけは北海道の両親が亡くなったことだった。「東京で暮らしている間に、本がどんどん増えるじゃないですか。それである程度貯まると、北海道の実家に送って置いてたんです。でも両親が亡くなって、インバウンドで沸くニセコの実家を民泊運営代行に貸すということになった。そのために家を空っぽにしてくれって言われたんですよ。それで、どうするんだ、この大量の本! ってね」と言って土方さんは笑った。

考えた末に本を仙台に送ることにしたが、事務所に入りきらないので、新たに民家を借りた。「これはもう売るしかないな、という話になったんです」。こうして、長年買い集めてきた本が、新たな形で土方さんの活動に組み込まれていくことになった。この民家がいまの「古本あらえみし」だ。

土方さんは本が大好きで、本は生きる道でもあり、ずっと生活の中心にあるものだった。編集や出版、執筆として本を生業にしてきた経験は、そのまま古本屋として本を扱うことにも自然につながっていた。「新刊本を出版することも、古本を売ることも、本に関わる仕事っていう意味では同じ。むしろ楽しい」と語る。

古本屋としての仕事には「買い取り」、特に遺族から依頼されて、遺品としての蔵書を整理することもある。「うちで出した本を買い取ることもあります。おお、この人、うちの本を買ってくれていたんだ、読んでくれていたんだ。それで持ち主が亡くなって、この本はまたうちに戻ってきた! おー、おかえり! みたいな感じ。それで、じゃあ今度はこれを古本として売るぜ! ってね」。

しかし現実として、買い取った本は増え続ける。最終的には産業廃棄物として処分することもある。しかし、それもまた「これも本の一生だな」と受け入れているという。

「出版社、古本屋として、本の一生に関わることをぜんぶやっているのはうちだけかもしれない」と土方さんはさらに続けた。

「出版の醍醐味って実は売れることじゃなくて、作った人間、書いた人間の人生よりも長く残ること。古本屋をやっているとそれがわかる。それが本の面白さ。それに買い手にとっては新刊だろうが古本だろうが、出会ったその日がその人にとっての「新刊」なわけだからね」

本屋を開くと、いろいろな人たちがやってくる。近所のお年寄りも多いそうだ。 「タバコ代が欲しいんだ」と言って本を持ってくるおじいさんもいる。「新刊本を買うお金はないけれど、本が大好きで大好きで、安い文庫の古本が買えればいいんだ!」と言って通ってくる常連さんもいる。そうかと思えばエリートコースを退職し、悠々自適の常連さんもいる。そういう多様な常連さん同士で「子どもの頃、流行ったウルトラマンやゴジラの話なんかで盛り上がっていたりして。そういう微笑ましいやりとりを眺めていると、本を前に、人間の背景は何も関係ない、といつも思うんですよね」と土方さんは言った。

それは本の循環、本の一生にも、なんだか似ているような気がする。

このエントリーをはてなブックマークに追加

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。