
教頭として着任した山形市内のある小学校は、校舎の一角に県立特別支援学校の分校が同居していた。色部さんは双方の学校の教員と頻繁に打ち合わせをし、活動や集会などで子どもたち同士が自然と交流できる場を作った。
「これもインクルーシブのひとつの形だな、とは感じてましたね」
当時、インクルーシブという言葉は今ほど浸透していなかったかもしれない。でも、「そっちは県立、こっちは市立」「うちはうち、そちらはそちら」では相手のことはわからない。混ざり合うために何をしたらいいか、それを考え続けた。
ごく自然に「個」の声に耳を傾け、子どもと向き合う日々。天職だと信じていた教員の仕事は、定年まで続けるつもりだった。2020年の暮れ、知人を通じてコパルの計画と館長の話が届くまでは……。
「理屈じゃなく、ときめいてしまったんです」
決めた理由は、ただそれだけ。「インクルーシブがどうとか、きれいな理由は後付けです。だって、ときめくって、どうにもならないことですよね。でもそれが、本物の気持ちだと思うんです」
子どもは本能で「好き」を選べる。でも、年齢を重ねるほど、理由がなければ動けなくなる。定年を目前にした決断。その衝動的なまでのときめきを、私は少しうらやましく思った。
「体が反応するぐらいドキドキして。言葉では説明できない。でも、体がときめいてるなら、これに賭けてみよう」
もともと、やりたいと思ったら止められない性格。「給料は半分以下、土日も仕事だよ」と奥さんに伝えると、「やりたいならやれば」と背中を押してくれた。
その背中を、もう一度そっと押してくれたのが、一冊の小さな絵本だった。
『もしもの世界』(ヨシタシンスケ作)。ほとんど絵だけで構成された短い物語だ。
教員としての道を歩むなかで、目指している願いが叶わなかったとき、色部さんはその絵本を手に取ったという。
「叶わなかった願いは消えるわけじゃない。どこかに力をためて、いつか“本当の世界”で形になる」――そんな言葉に救われた。
「もしかしたら、コパルという場所を選ぶことが、その“もしもの世界”を生きることになるのかもしれない」
そう感じた瞬間、色部さんの中で迷いは静かにほどけていった。
定年の2年前、色部さんは退職届を出した。コパル開館の、1年前のことだった。