未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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本場アメリカで頂点を極めたホットな味! 世界一のキューバサンドを東京で食べる。

文= 川内イオ
写真= 川内イオ、三村健二、竹田りな
未知の細道 No.295 |25 December 2025
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#4キューバサンドの可能性

遡ること4年前の2019年、一緒に地域のイベントを盛り上げた友人夫妻の家に、打ち上げで招かれた。その際、「食べてみてよ」と出されたのがキューバサンドだった。

「この時、初めて食べて感動したんです。それで、お店で出していいですか? って聞いたら、それが狙いだったのよって(笑)」

その場でレシピを教わり、お店で出すとすぐに人気商品になる。翌年、新型コロナウイルスのパンデミックが発生し、当時勤務していた「豚番長」の系列店「ボラチョバンチョ」が朝9時から夕方閉店のカフェ営業に変えた時にもテイクアウト用にキューバサンドを出したところ、大ヒット。可能性を感じた船井さんはこの時、「蒲田から全国に広めるぞ」という思いを込めて、「蒲田のキューバサンド」と名付けた。

  • ボラチョバンチョで出していた蒲田のキューバサンド。(画像提供:PAN)
  • キューバサンドを焼く当時の船井さん。(画像提供:PAN)

しかし、コロナ禍が落ち着くと、キューバサンドを出す機会も減っていった。それを残念に思い、社長に「キューバサンドでキッチンカーをやりませんか?」と提案するも採用されず、もどかしい思いを抱えていた。

それからしばらくして独立を意識した時、当初はインドで思い描いたように居酒屋をしようと考えた。ところが、どうにもワクワクしない。なぜだろうと考えて、ハッとした。

「俺がやりたいなって思ってたこと、社長がぜんぶやらせてくれたから、もう満足しちゃったんだ」

それなら新しいことにチャレンジしようと思い立ち、作り始めた当初からお客さんの反応が良かったキューバサンドもいいんじゃないかなというふんわりした状態で、社長に「独立したい」と相談に行った。「なにするの?」と聞かれた時、反射的に「キューバサンドです!」と答えていた。

「キューバサンド屋さんやるっていうのは選択肢のなかにはあったんですけど、決心はしてなかったんです。でも、社長に宣言したからにはやらないわけにはいかないので、実際はこの時に決まった感じですね」

今もキューバサンドの知名度が高いとは言えないが、この頃は今にも増して知られていなかった。そのあたりも、社長は懸念していたのかもしれない。当初は船井さんがキューバサンドで独立することに反対していたという。それでも決心はブレず、2023年5月31日に退職すると、6月9日にはアメリカに飛び立った。1カ月間、キューバサンドの食べ歩きをして、研究するために。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
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