
1972年、東京で3人きょうだいの長女として生まれた山本さんは、父の転勤で大阪、そして埼玉へと移り住んだ。
高校卒業後、18歳で地元の信用金庫に就職が決まると、中学生の頃から憧れていたバイクを購入。20歳でハーレーダビッドソンに乗り換えた。
結婚、妊娠を経て21歳で退職し、2人の子どもを出産した後は、馴染みのバイク店で働き始めた。好きなことを仕事にできてさぞ充実していたのだろうと思いきや、40代になって子どもの手が離れると、「このままでいいのかな」と生き方にもやもやを感じるようになる。
バイクの仕事をしていると、当然ながら関わる人は、ほとんどがバイク乗り。もちろん山本さんもバイクが好きだったけれど、趣味で刺繍や縫い物もやっていたし、映画も音楽も好き。バイク以外の世界の人ともつながりたい、と思うようになっていた時期、子どもの保護者仲間から誘われて、マルシェイベントに刺繍で出店する機会に恵まれた。
「そこで出会った仲間たちが本当に素敵で、居心地がよくて。キャンドルを作ってる子とか、植物を育ててる子とか、いろいろな人と友だちになれて、それまでの私の世界があまりにも偏っていたことに気がついたんです」
これをきっかけに、長年暮らした埼玉を離れて、すべてを一度リセットしたい、という気持ちが芽生えたのが、45歳前後のときだ。夫とは30歳で離婚し、ふたりの子どもたちはどちらも20歳を超えていた。
山本さんは、ツーリングであちこちを訪れながら、移住先を検討し始める。山があって、水がきれいで、野菜がおいしいところがいいな――。
あるとき、バイク店の常連客とのツーリングで、桐生市の「フリーライド」という有名なバイクウエア専門店に立ち寄った。バイク乗りの間では聖地とも評されるその店を気に入った山本さんは、以来、度々フリーライドを訪れ、店主の二渡一弘さんと言葉を交わすようになる。
「そのうち、商店街をプラプラするようになったんですよ。和菓子屋さんに入ると、おばちゃんが『どっからきたの』って声かけてくれて。埼玉から来たって言うと、『遠いとこありがとうね』って。まちを歩いてても中学生が『こんにちは』って挨拶してくれるし、みんな気さくに話しかけてくれる感じがすごく気に入ったんです」
桐生に来るたびに「プラスアンカー」という古民家カフェにも足を運び、店主の川口雅子さんとも親しくなった。