
あぁ~
思わず素で声が漏れた。お湯は熱いのに、どこかやわらかい。小さい頃、祖父母の家で入った薪の風呂を思い出す。じいちゃんが沸かすお湯も、こんなふうにやわらかかったなあ。
洗い場にいた60代風の女性は、バイト先で起こった出来事をもうひとりの女性に話している。話をしている女性は、座布団サイズのバスマットを洗い場に置いて座り、くつろいだ様子で洗髪をしていた。
女性たちが湯船に入ってきたので、「よく来るんですか?」と聞いてみると、「うん、寝る前にあったまって寝ると具合いいからね」と教えてくれた。どうやら桐生市内には他にも銭湯があって、あちこち行っているらしい。
十分にあたたまったところで、「お先です」とふたりに声をかけて上がると、「はぁい、おやすみぃ」と返事をしてくれた。
さて、銭湯憧れ組としては、風呂上がりの牛乳を外すわけにはいかない。170円で牛乳を買うと「この牛乳、おいしいのよ~」と山本さんがニヤリ。桐生市のお隣、太田市にある『東毛牛乳』の低温殺菌牛乳だという。その言葉通り、まるで濃厚なクリームのようにとろりとした舌触りの一口目に驚いた。瓶の下の方はサラリとしてやさしい甘さだ。
脂肪球を砕いて均質化させる「ホモジナイズド」という工程をおこなわず、生乳に近い状態を保つ「ノンホモジナイズド製法」でつくった低温殺菌牛乳は、脂肪分が上の方に浮いてクリームのようになるのだそうだ。
食感の違いを楽しめる上質なデザートのようで、はからずも一気に飲み干してしまった。「おいしかったです!」と文字通り目を丸くして山本さんに感想を伝えると、「でしょう。おいしいものしか置いてないからね!」と満足そうだ。
時刻は22時過ぎ。遅い時間にも関わらず、また新しい客がやってきた。17時から23時まで、番台も薪の面倒も、山本さんがひとりで切り盛りしているという。今年で54歳。すごいパワーだ。
「昭和の最盛期には、ここらへんに50軒くらい銭湯があったみたい。毎日来る近所の仲良しのおばちゃんによると、2018年に閉じる前は、1日に100人くらいお客さんが来てたこともあったって。シャワーも湯船に入るのも順番待ちだったらしいよ」
古くから繊維産業の盛んな群馬県では、働き者の女工たちが家計を支え「かかあ天下」と称えられてきたという。一の湯は、この女工たちのために1912年ごろに建てられ、以後100年以上にわたって地元の人に愛されてきた。
しかし2018年、経営者の吉岡藤吉さんが急逝してやむなく廃業。山本さんは埼玉から単身移住し、その一の湯を復活させた「かかあ」というわけだ。
風呂がなかった時代ならまだしも、なぜいま、あえて銭湯を復活させたのだろう。後日、改めて一の湯を訪れ、話を聞いた。