
知り合いが増えるにつれ、桐生というまちへの思いが増した山本さんは、二渡さんや川口さんに「桐生に移住したいなあ」と相談するようになった。
移住するなら、自分で納得できる商売がやりたい。バイク店の仕事も楽しかったが、バイクメーカーとの取引などで、納得できないこともあったからだ。
何度も相談するうちに、二渡さんが「俺がずっと通ってたのに、閉じちゃった銭湯があるから、そこを復活させてくれよ」と冗談交じりに言った。それが、一の湯だ。
2021年4月、二渡さんに連れられて、重要伝統的建造物群保存地区の一角にある一の湯を訪れた。山本さんはそれまで特に銭湯に思い入れはなかったが、その堂々とした建物に一目惚れ。ただ、既に閉業から3年が経ち、大家さんが誰なのかもわからない状態だった。
そこで頼ったのが、「プラスアンカー」の店主、川口さんだ。実は、川口さんの本業は不動産業。まちのことに関わる人がつながり合える場所をつくりたいと、2014年に古民家カフェを開いたのだ。川口さんは、大家さんを探し出してくれただけでなく、地元の工務店や電気屋などにも相談してくれた。
さらに、二渡さんが紹介してくれた地元紙の記者・高橋洋成さんが、かつての常連客や関係者を調べてはつないでくれた。
こうして山本さんは、「埼玉から来て一の湯を復活させたい女性」としてじわじわと地域の人たちに知られていく。そして、二渡さんから話を聞いた2ヶ月後には、二渡さんと川口さん、記者の高橋さんのほか、地元工務店の人など、5、6人で一の湯の建物を内見できることになった。
当日、現地集合して建物の中に入った山本さんは、声を上げる。
「うわ、なにこれ……めっちゃかっこいい!」
ひと目見て「私が絶対にここを復活させるんだ!」と心に決めた。
そこから山本さんは、あちこちで「一の湯を復活させたい!」と口に出した。経営をしたこともなければ、銭湯について詳しいわけでもなかったが、どういうわけかやれる気がした。
プラスアンカーの川口さんは、水道屋さんや電気屋さんにも修復の可能性について聞いてくれた。気づいたら、川口さん、二渡さん、高橋さん、工務店の社長で、「一の湯復活プロジェクト」という名前のついたLINEグループができ上がっていたという。
とはいえ、山本さんにはまだ埼玉でのバイク店の仕事があった。その頃には社員となり、貴重な女性店員として頼りにされていたため、なかなか辞めるとは言い出せない。
「やりたいのは私なのに、周りのみんながあれこれ動いてくれてて、なんで私ひとりが埼玉にいるんだ……!」
桐生に通いながらも、もどかしさを感じた。
「このままでは前に進めない」と思った山本さんは、10月、不動産を本業とする「プラスアンカー」の川口さんに「まーちゃん、次の4月には引っ越すから、猫2匹とバイクで住める家をさがして!」と依頼。なにも決まってはいなかったけれど、住む場所さえあればなんとかなるだろう、と考えたのだ。川口さんはすぐに月4万円の1LDKを探してくれた。